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田中、ウイニングショット多投 大屋博行
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【メジャースカウトの春夏秋冬】恩師であるローイ・カーピンジャー氏(左)と大屋博行氏(アトランタ・ブレーブスの国際スカウト駐日担当)=1月18日、米国(大屋博行さん提供)
ヤンキースの田中将大(まさひろ)投手が、順調にメジャー生活を滑り出した。初登板で日米通算100勝目を飾り、日米通算の連勝は「34」で止まったが、6勝1敗(5月20日時点)は十分すぎる。
3月中旬。私はアメリカに渡った。アトランタ・ブレーブスの国際スカウトとしての事務作業に加えて、自軍の選手を視察し、力量を把握しておくためだった。3月16日、フロリダ州タンパでチームがヤンキースとオープン戦で対戦した。ナ・リーグとア・リーグに分かれており、シーズンでの直接対決は少ないものの、新加入の田中投手が先発するとあって、チーム内の関心も高かった。
このときの田中投手の結果は五回途中まで投げて3安打1失点。奪った三振も6個あった。ブレーブスはレギュラー級の打線を組んだが、打ち崩すことができなかった。
「OK」。
この晩、私はブレーブスのあるコーチと食事をともにする機会があった。この際、田中投手の印象を尋ねた答えが、この短い言葉だった。「エクセレント」や「アンビリーバブル」ではない。日本語でのニュアンスとしては、「普通」や「目が飛び出すほどではない」といったところだった。
この印象をどう受け止めるべきか。
たとえば、田中投手は同級生のスティーブン・ストラスバーグ投手(ナショナルズ)やナンバーワン左腕の呼び声が高いクレイトン・カーショー投手(ドジャース)のように身長が190センチを超えるような体格ではなく、実は米国人好みの体形ではない。
加えて、変化球を交えてコンビネーションで攻める日本人投手は、一見すると派手に映らないということもある。そのあたりが、「OK」という評価につながったのだろう。
一方で、そのコーチはこうも話してくれた。「スプリットが落ちていた」。田中投手の最大の武器、140キロ前後で鋭く落ちるフォークだ。シーズンが開幕してからも田中投手は、このウイニングショットを多投して好結果につなげている。
日米のボールの違いや硬いマウンドもあって、田中投手はまだ直球の制球が定まっていないように感じられる。立ち上がりも慎重になりすぎ、いわゆる「置きにいく」投球が目立つ。制球を気にして体の開きが早く、上半身と下半身のバランスを崩してしまっているのだ。
メジャー初登板で先頭打者に浮いたスプリットを本塁打された場面などは典型だろう。2回目の登板でも序盤に失点し、立ち上がりの不安は課題だ。
ただ、メジャーでは「ボールの上っ面を打者に見せれば勝てる」といわれる。つまり、一発長打の危険性がある高めのボールではなく、低めのひざ元に制球しろ、ということだ。落ちるボールならば、なおのこといい。
田中投手の頭のよさがうかがえるのは、そのことに早くも気づいていることだ。日本時代よりも変化球、とくにスプリットの頻度が増えた。武器となる球種の多投は、クローザーのような配球にも映る。そして、制球に苦しんでいるとはいえ、150キロ前後の直球にも威力があるから見せ球として使え、よりスプリットを振らせることに成功している。
ダルビッシュ有投手(レンジャーズ)の持ち球はどれも一級品だが、田中投手のスプリットほどの「1球で仕留めるウイニングショット」は持ち合わせていない。田中投手のスプリットは、それだけ価値が高い。
ヤンキース側が「日本の野球」に理解を示していることも、好影響を与えている。米国流の配球を端的に表現すれば「アグレッシブ」だ。マイナーでは若手投手に、「カウントが3ボールになったら、ど真ん中に直球を投げろ」と教えることも多い。
日本人は変化球でカウントを稼ぐ傾向がある。過去に渡米した日本人投手は、この日米の考え方の違いに戸惑わされた面もあった。野茂英雄、佐々木主浩、吉井理人らの各氏は、捕手のサインに首を振るケースが目についた。
田中投手の場合は、日本時代の投球スタイルを受け入れられている。ヤンキース側と田中投手が対話し、田中投手の投球術を尊重しながら、最大限に力を引き出す方向性を探っていると推測される。
技術的には硬いマウンド対策として、わずかに投球の際に踏みだす左足のステップを狭めたように映る。立ち上がりの課題も雰囲気になれるとともに、もう少し腕の振りを強くする意識があれば、徐々に解決していくはずだ。そう感じさせるだけの高い順応性を持っている。そして、その順応性こそが、メジャーリーグで成功する秘訣(ひけつ)だ。
メジャー主力級打者はスロースターターが多く、本当の勝負はこれからだ。それでも、ここまでの適応ぶりをみる限り、防御率は3点前後、白星も15勝に迫るのではないかと思っている。コーチが語った「OK」という言葉は、これくらいの成績を予想したものだと理解している。そこからの上積みがあれば、コーチの予想を上回るものになるだろう。結果は果たして…。(アトランタ・ブレーブスの国際スカウト駐日担当 大屋博行/SANKEI EXPRESS)