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【逍遥の児】晩秋の長瀞ラインくだり

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【逍遥の児】晩秋の長瀞ラインくだり

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 紅葉の晩秋。埼玉県秩父郡長瀞(ながとろ)町へ向かう。これから「長瀞ラインくだり」を楽しむ。巨大な岩畳の先。豊かな清流が見える。岸辺に和船が待機している。救命胴衣を着用して乗船した。

 船頭は2人1組。前に立つのは、飯島勝男さん(57)。船頭歴22年のベテランだ。ねじり鉢巻き。青い法被をいなせに羽織る。さお1本(長さ5メートル)で船を操る。

 「さあ、出発しましょう」

 船が川の流れに乗って滑り出した。川底(水深5メートルほど)が見える。驚くほどの透明度。手を川面に浸す。ひんやりと冷たい。気持ちいい。アユやサクラマスなど魚類も豊かという。

 急流にさしかかる。水しぶき。歓声があがる。乗客は急いでビニールシートをかぶる。船頭がさおで岸壁を突く。浅瀬。船底に衝撃。スリル満点だ。

 「人の命を預かっている。船頭の不注意で、もし船が転覆したら、大変です。真剣に操船する。安全には万全の注意を払っています」

 船は難所を突破した。再び、ゆったりとした流れにもどる。乗客は渓谷の紅葉を眺め、カメラを向ける。

 わたしは唐突にインドの詩人、タゴール(1861~1941年)を思い浮かべた。ノーベル文学賞を受賞。彼は小舟に乗って、川下りをことのほか好んだと伝えられる。うーん。確かに川下りは心地よい。

 高砂橋の終点が迫ってくる。すとん。静かに着岸した。岸辺に上がる。しばし名残を惜しむ。やがて次の船が接岸してきた。見ると、船頭は若い。

 「地元には船頭を目指す若者がいます。しっかり鍛えて船に乗せる」

 現在、船頭は20人。世代を超えて20代から60代まで。後継者は着実に育っているようだ。

 飯島さんに話をうかがった。秩父出身。呉服商や送迎バスの運転手を経て、35歳のとき、誘われて船頭になった。

 「やれば、やるほど奥が深い。日々、勉強です。秋の紅葉や初夏の新緑を眺めながら、さおを操る。きれいですよ。季節感を味わう。お客さんとの出会いも楽しい。ああ、幸せなことだなーと思っています」。さお1本の人生。日焼けした顔。からりと笑った。(塩塚保/SANKEI EXPRESS

 ■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。

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