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【勿忘草】どこが失言なのか

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【勿忘草】どこが失言なのか

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公示前の選挙ポスター掲示場=11月30日(蔵賢斗撮影)  師走も中旬に入り、いよいよ衆院選の投開票日が迫ってきた。争点なき選挙といわれているが、自分の考えをそのまま実現してくれそうな政党や候補者を探すのは困難で、少しでも自分の考えに近い候補や政党に入れるしかないのだろう。

 選挙のたび話題になるのが、政治家の“失言”だ。今回は、麻生太郎副総理が社会保障費の増大について、「高齢者が悪いというようなイメージを作っている人が多いが、子供を産まないのが問題だ」と発言して、話題になっている。この発言、厚生労働省を担当する私からすると、至極まっとうで何が問題か分からない。というよりも、若年層が高齢世代を支える社会保障制度が破綻寸前になっている現状は周知の事実で、そうした事態にどう取り組んでいくかを示すのが政治の仕事なのだ。つまり本当に聞くべきは麻生氏の発言の続きだ。

 例えば、待機児童の解消や病児保育の拡充などの子育てしやすい社会の実現。出産一時金や教育資金など子育て世代への手当や給付の拡大。社会保障制度そのものの見直し。考えるべきことは山ほどある。ちなみに麻生氏は「だから消費増税が必要」とつなげたようで、これもひとつの対策である。

 こうした女性にまつわる発言が「失言」として取り上げられるたび、アラフォー、独身、子供なしという「当事者」の私は嫌な気分になる。発言内容が不快なのではない。報道の向こうに「女性はこの発言に怒るだろう」という思い込みが透けてみえるからだ。

 社会保障の話をするときに「女性が産まない」という現状を避けて通ることはできない。肝心なのは、産まない理由がどこにあるか分析し、解決策を考えることだ。同時に、少子化社会では手厚い社会保障は不可能だという現実を広い世代に伝えることだ。

 子供を産まない社会は、女性の責任でも若年層の責任でもなく、そうした社会を作った構成員全員の責任だ。支える世代が減れば、もらえる分は少なくなる。ただそれだけのことなのだ。

 しかし、大票田である高齢者を前に、選挙戦で年金減額を公約する政治家は与野党ともにいない。失言うんぬんを指摘するより、こちらの方がよほど問題ではないか。(道丸摩耶/SANKEI EXPRESS

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