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【ノーベル賞授賞式】平和賞 マララさん演説 「空っぽの教室 もう終わりに」
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ノーベル平和賞を授与されるマララ・ユスフザイさん=2014年12月9日、ノルウェー・首都オスロ(AP) ノーベル賞の授賞式が10日、スウェーデンの首都ストックホルムで行われ、名城大の赤崎勇終身教授(85)、名古屋大の天野浩教授(54)、米カリフォルニア大サンタバーバラ校の中村修二教授(60)の3氏に物理学賞を授与。明るく効率的な光源の開発を可能にした青色発光ダイオード(LED)の発明が評価された。
一方、ノルウェーの首都オスロでは、パキスタンで女子教育の権利を求め、イスラム過激派に銃撃されたマララ・ユスフザイさん(17)が史上最年少の17歳でノーベル平和賞を受賞した。受賞演説では、学校に行けない子供がいる状況について「空っぽの教室を私たちでもう終わりにしましょう」と語り掛け、世界に実現を促した。賞金で故郷に学校をつくる計画も明らかにした。
インドで労働を強いられる子供を救出してきた人権活動家、カイラシュ・サトヤルティさん(60)と共同受賞した。オスロ市庁舎で開いた授賞式でノルウェー・ノーベル賞委員会のトールビョルン・ヤーグラン委員長はマララさんについて「彼女の勇気は筆舌に尽くし難い」とたたえ、サトヤルティさんの活動を「約8万人以上の子供を解放した」と称賛した。
2012年、下校途中にイスラム過激派「パキスタンのタリバン運動(TTP)」の凶弾を受け、一時は意識不明となったマララさんは「私たちの未来は教室にあった」と振り返った上で「彼らの銃弾は勝てませんでした」「私はより強くなった」と不屈の闘志を見せた。
教育を求める少女の代表として授賞式に招待した5人の名を挙げ「1人で声を上げているわけではありません。私は学校に行けない6600万人の少女(の代弁者)なのです」と強調。「全ての子供が学校に行くのを見届けるまで、闘い続けます」と決意を新たにした。
全ての子供に初等および中等教育を保証するよう求め、「戦車を造るのは極めて易しいのに、なぜ学校を建てるのはそんなに難しいのか」と「大人の世界」に注文を付けた。児童労働や少女の児童婚などを今、終わらせようと演説を締めくくった。
賞金は計800万スウェーデンクローナ(約1億3000万円)。マララさんは「私の村では、いまだに女の子が通える中学校がありません」と説明し、学校建設に使うとした。(共同/SANKEI EXPRESS)
≪「誰も私たちを止められない」≫
この賞は私だけのものではありません。教育を求める子供、平和を求める子供、変革を求める子供のものです。私は子供の権利のために立ち上がり、子供たちに声を上げてもらうためここにいます。今は彼らを哀れむのではなく、行動するときです。
教育は人生に欠かせないものの一つです。故郷パキスタンのスワト渓谷で私は学校を愛していました。私たちの未来は教室にあったからです。10歳の時スワトはテロの舞台となり、学校が破壊され女の子は学校に通うのを禁じられました。
2つの選択肢がありました。沈黙したまま殺されるのを待つか、声を上げて殺されるか。私は後者を選び、声を上げました。テロリストは2012年10月9日に私と友達を襲撃しましたが、銃弾は勝てませんでした。私たちは生き延びました。
私が自分の話をするのは、それが特別だからではなく、むしろ特別ではないからです。多くの少女に共通した話です。私は1人の少女としてここにいますが、1人で声を上げているのではありません。私は学校に行けない6600万人の少女(の代弁者)なのです。
国連で話した通り、1人の子供、1人の教師、1本のペン、1冊の本が世界を変えられます。
私の級友は医者になるのが夢でしたが、12歳で結婚させられ14歳で息子を産みました。彼女の話こそ、ノーベル賞の賞金をマララ基金に託す理由です。資金は最初にパキスタン、特に故郷スワトとシャングラで学校建設に使われます。
私の村には女の子が通える中学校がありません。全ての子供が学校に行くのを見届けるまで闘い続けます。銃撃をくぐり抜け、私はより強くなったと感じます。誰も私を、私たちを止められないと知ったからです。
大人の世界は理解するでしょうが、私たち子供には分かりません。戦争を起こす力が強い国々が、なぜ平和をもたらす力は弱いのか。戦車を造るのは易しいのに、なぜ学校を建てるのは難しいのか。
子供たちに世界中で立ち上がるよう求めます。空っぽの教室、失われた子供時代、生かされなかった可能性。これらを私たちでもう終わりにしましょう。子供が学校に行けない状況は、もう終わりにしましょう。(共同/SANKEI EXPRESS)