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【日本遊行-美の逍遥】其の十五(染司よしおか・京都市) 正倉院の色彩 親子で再現挑む
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日本古来の染色法による古代色の復元に半生をかけてきた吉岡幸雄(さちお)氏。源氏物語の色の再現、東大寺などの伝統行事、国宝修復にも貢献している=2013年10月15日(井浦新さん撮影) 正倉院宝物の染織品の色彩的な美しさ、技術の高さは筆舌に尽くしがたい。なかでも「花樹双鳥文夾纈(かじゅそうちょうもんきょうけち)」という一枚の裂(きれ)は、藍(あい)、刈安(かりやす)、茜(あかね)の染料で見事に染め分けられており、いまだにその技術の全貌は解明されていない。京都の染織史家で、「染司(そめのつかさ)よしおか」5代目当主・吉岡幸雄(さちお)氏は、この難題に挑み続けている。
夾纈の「夾(きょう)」は挟む、「纈(けち)」は水をはじくという意味で、文様を彫った2枚の板で布を挟み、染料を染み込ませることで文様を生み出す。「夾纈」の技法は手が込んでおり、日本では平安時代の中頃、中国では明の時代、その発祥地とされるインドでさえも18世紀以降は途絶えていた。
この「夾纈」の解明は、吉岡氏の先代にあたる父・常雄氏から続く課題で、当時は渋型紙を用いて染めたという学説が有力だった。しかし先代は、染色史家の山辺知行氏がインドのアーメダバードで文様が彫られた版木を見たと聞き、自説に確信を持ち、実践的な研究に打ち込んだ。先代がこの世を去ったあと、吉岡氏は先代の右腕として修業を積んでいた福田伝次氏とともに、「夾纈」を一からやり直そうと決意する。
だが、そこには多くの壁が立ちはだかった。版木に朴(ほおのき)を使ったものの、柔らかすぎて安定しない。彫刻は細やかな文様を刻むのに、仏師に苦労をかけた。染める工程も一筋縄ではいかない。染料が入るよう、版木には片面1600個、両面3200個の穴が空いている。穴にはそれぞれ栓がついており、文様と色彩を見定め、開け閉めしながら染めていく。油断するとすぐに染料が染み出す。気の遠くなる作業だ。
染料は煮出した瞬間が最も美しいことから、その都度煮出す。染色は他の工芸品と異なり、最後まで完成図が予想しにくい。すべての染色が終わり、板を開いた後、何度も洗い、水が滴る布をパッと開いた完成の瞬間、出産に立ち会ったかのような衝撃が全身を走った。
≪遡る過去 現在に投影する信念≫
吉岡氏の飽くなき探求心は、工房の隅々、働くスタッフの息づかいにまで行き届いている。一例を挙げれば、ジャカード機以前の空引機(そらびきばた)と呼ばれる巨大な織機だ。
現代の反物の幅は40センチ前後だが、法隆寺の国宝「四騎獅子狩文錦(しきししかりもんきん)」は幅125センチ以上もある。ルーツを求めて南京や蘇州まで行き、残されていた清朝の織機を参考にした。3人がかりで1日に織れる長さはたった1.5センチ。手間も時間も資金もかかる。これを一人でやってのける信念と向学心はどこから生まれてくるのだろう。
吉岡氏の仕事が際立っているのは、染色作家でありながら染色史家でもあることだ。色から歴史をひもとき、美術・文学作品にまでその探求の枠を広げ、豊かな世界へ連れ出してくれる。
たとえば、吉岡氏は僕の出身地を尋ね、東京・日野と知ると、日野の歴史を鮮やかな紫色に染め上げた。紫の色を得るのに、古くから「紫草(むらさき)」の根、「紫根(しこん)」を染料としてきた。さらに江戸は紫草の産地で、日野には紫草の市が立ち、競りが行われていたことなどを教えてくれた。
「紫の ひともとゆゑに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞみる」という古今和歌集の一句を吉岡氏が諳(そら)んじると、豊潤な風景が僕の身体を包み込んだ。
吉岡氏は、遡(さかのぼ)る過去があることで、自分が挑戦できる機会を与えられる。しかし、ただ学ぶだけでなく、そこから得たものを作品へ投影することで、未来へと循環させないといけないとも説く。そういった一言一言が、漢方薬のように効いてくる。
草木染の色は、命あるものから自然の恵みをいただいている。吉岡氏の仕事を見ていると、それが命の集合体として生まれ変わる衝撃とともに、繰り返し学び、挑戦する強い信念が時空を貫き、天平の風が布を揺らすのを見た気がした。(写真・文:俳優・クリエイター、京都国立博物館文化大使 井浦新(あらた)/SANKEI EXPRESS)
2012年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。13年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。
吉岡幸雄さんは2015年1月2日(金)~18日(日)、京都市下京区東塩小路町657の京都駅ビル内ジェイアール京都伊勢丹7階に隣接する美術館「『えき』KYOTO」で、「日本の色・四季の彩 染色家 吉岡幸雄展」を行う。午前10時~午後8時(入館は午後7時30分まで)、大人900円、高・大学生700円、小・中学生500円。問い合わせは(電)075・352・1111(ジェイアール京都伊勢丹)まで。