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【日本遊行-美の逍遥】其の十(祇園祭・京都市) 豪華に、ひそやかに 伝統継ぐ
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さまざまな美術工芸品で飾られた、絢爛豪華な山鉾。山鉾巡行(やまほこじゅんぎょう)は「動く美術館」とも呼ばれる。写真は函谷鉾(かんほこ)=2013年7月17日、京都市東山区(井浦新さん撮影) 昨年(2013年)の夏、カメラを握り、2週間ほど祇園祭の濃密な時間に浸った。京都の人々は、約1カ月間の夏を、この祇園祭とともに過ごす。毎日のように、中心となる八坂神社やその周辺で祭や神事が営まれ、それら全てをまとめて祇園祭と呼ぶ。祇園祭を営む33の保存会は、それぞれが独自の風習を守っていて、長い時間をかけて育まれてきた伝統と、個々の土着性が混ざり合う。祇園祭は、そのような京都の懐の深さを、目の前で実感できる素晴らしい機会だ。
個人的には、幾度となく足を運んだものの、その巨大さ、きらびやかさゆえに、若干の疎外感を感じていた。けれども時間がたつにつれ、祇園祭という巨大な身体に少しずつ包まれていくような不思議な感覚に見舞われた。僕が心動かされた風景を、一つずつ思い出していきたい。
祇園祭のハイライトを飾る7月17日の山鉾巡行(やまほこじゅんこう)は、「動く文化財」とまでいわれる絢爛(けんらん)豪華なものだ。函谷鉾(かんこぼこ)の準備段階から写真を撮らせていただいた。お囃子の練習、鉾の組み立てなど、先達が背中を見せて後に続く者へ伝統を伝える姿が印象的だった。そして山鉾巡行の本番、長刀鉾(なぎなたぼこ)の稚児(ちご)による注連縄(しめなわ)切りで、神の領域と人間界の結界が切り落とされる。その緊張感に、関わる人々の祭りにかける思いがひしひしと伝わってきた。
きらびやかな山鉾巡行に比して、屏風祭(びょうぶまつり)は、宵山の期間中、静かにひそやかに行われる行事だ。祇園祭を担う名家の町家では、代々受け継がれてきた屏風などの美術品を室内に飾り、近親者をもてなし、見物客も通りから鑑賞できるようにしつらえる。祇園祭山鉾連合会会長であり、祇園祭全体を束ねる吉田家にお世話になった。この家では、現代作家の作品を外側に、伝統的な作品を内側に飾るなど、その組み合わせに粋な計らいが感じられた。吉田孝次郎会長の話をお聞きした。祇園祭は時代とともに変化しており、一つ一つの行事を丁寧に行うことで精神性を取り戻していかなければならない。だから参加する人々に向けて、その本質を伝える使命があり、まず自らがそのことに生きようと務めねばならないのだと。その実直な姿勢が、僕の襟元を正してくれた。
≪平安への祈り 「コンチキチン」に乗せて≫
同じ宵山の深夜、一夜限りで行われる南観音山(みなみかんのんやま)の「あばれ観音」にも足を運んだ。ご本尊の楊柳観音(ようりゅうかんのん)をしばりつけた神輿(みこし)を激しく揺らしながら練り歩くというアグレッシブな祭りだ。
地元の子供たちが「蘇民将来子孫也(そみんしょうらいしそんなり)」という護符のついた厄除けのちまきや蝋燭(ろうそく)を売り、「蝋燭一丁 献じられましょう」という呼び声で闇が華やぐ。願いを込めて、見物客も蝋燭に火をつけて奉納し、祈りをささげることができる。自分なりの祈り方を受け止めてくれる包容力を感じる場所だ。
そして祇園祭の中心行事である神輿渡御(とぎょ)。神幸祭(しんこうさい)では、3基の神輿を1000人以上の人々が担ぎ、揉(も)まれて暴れ狂う。躍動感あふれる瞬間だ。その後、神幸祭から還幸祭(かんこうさい)までの1週間、神輿に乗った御霊(みたま)が、町中の御旅所(おたびしょ)に滞在するというのが興味深い。
祇園祭のルーツは、平安時代、疫病や自然災害を取り払い、無病息災を祈念するために始まったと聞く。祈りと感謝をささげるという、根本にある普遍的な願いは、大きな祭りも小さな祭りも変わりない。祇園祭はさまざまな要素の集合体だが、その根底にあるのは、「祈り」という至極シンプルなものだ。
新しいものを好む京都の気風は、山鉾を飾る舶来の絨毯(じゅうたん)に象徴されるように、この土地ならではの温故知新の精神性に生かされている。祇園祭は日本各地の祭礼にも影響を与え、源流としての重みと誇りがある。吉田孝次郎会長が担っているのは、祇園祭のみならず、全国に派生した文化と、そこに共通する平安への願い、その世界観なのだと思った。
この夏、江戸時代末期に罹災(りさい)した大船鉾(おおふねほこ)が再建され、後祭(あとまつり)が復活する。平安時代から続く祇園祭本来の形に近づく、記念すべき年なのだ。絢爛豪華な祇園祭の祈りに、自分自身の気持ちが重なる瞬間を、今年も大勢の人々と共に味わいたい。(写真・文:俳優・クリエイター 井浦新(あらた)/SANKEI EXPRESS)
2012年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。13年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。
井浦新(あらた)さんは、7月10日(木)からスタートするTBS系ドラマ「同窓生~人は、三度、恋をする~」(木曜午後9時、初回15分拡大)で初主演を務めます。