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【仏紙銃撃テロ】仏立てこもり容疑者射殺 欧州、強まる不信 反イスラム伸長
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1月9日、首都パリ東部の立てこもり現場で、ユダヤ系食料品店から解放された人質と治安要員。中央の男性は、抱えている3歳の息子と5時間も冷蔵室に隠れて生き延びた=2015年、フランス(AP) フランスの週刊紙銃撃事件は9日、治安当局による容疑者射殺でひとまず「解決」した。しかし事件後、国内各地でモスクへの襲撃が相次ぐなど反イスラム感情の高まりに懸念が拡大。国民の連帯を望む市民らは事件後もなお「われわれは(テロリストに)敗北した」と複雑な心情を漏らした。一方、容疑者が立てこもった印刷工場では、流し台の下に隠れた男性が中の様子などの情報を警察に携帯メールで送信して生き延びた。もう一つの現場となったユダヤ系食料品店では男性が幼い子供を連れて冷蔵室に駆け込み、助かった。
フランス通信(AFP)によると、風刺週刊紙「シャルリー・エブド」の本社を襲撃した実行犯のクアシ兄弟が印刷工場に立てこもった時、従業員のグラフィック・デザイナーの男性(26)は、上の階の「社員食堂の流し台の下」に隠れた。容疑者兄弟に見つからずにすんだ男性は恐怖を吹き払い、外にいる警察と携帯メールでやりとりを開始。「自分が建物内のどこにいるかなど、作戦支援につながる情報」を送った。男性からは容疑者たちの会話も聞こえたため、外の警官隊に有益な情報を送ることができたという。
食料品店では、アメディ・クリバリ容疑者が店に押し入った際、店にいた30代の男性が3歳の息子を連れてとっさに店の冷蔵室に身を隠した。この親子の他に3人が一緒に隠れたという。父親は息子を冷蔵室の寒さから守るため、自分の上着を脱ぎ、それでわが子をくるんだ。5人は冷蔵室内に5時間近く隠れて無事だった。
一方、共同通信によると、印刷工場があるダマルタンアンゴエル町在住の主婦リーズ・プオットさん(33)は「学校にいるわが子の安全を何度も携帯電話で確認しながら一日を過ごした。ひとまず安心」とほっとした様子。しかし、夫のサムさん(35)の意見は違う。「容疑者らは殉教を望んでいたので、射殺すればやつらの思うつぼだ。拘束して裁判にかけるべきだった。私たちの敗北だ」と怒りをぶちまけた。
パリのレピュブリック(共和国)広場には9日夜も多数の市民が集まった。容疑者の射殺を受けても犠牲者への追悼の祈りをする人々の厳粛な姿は前夜と変わりなかった。
無職男性のコチ・サコモビシさん(28)は「事件を機にモスクが相次いで襲撃されるなど、宗教間の分断は進む一方。結果としてわれわれは(テロリストに)負けたんだ」と話す。サコモビシさんは先行きにも悲観的だ。「みんなが叫んでいる『連帯』はどこかうさんくさい。心の中では思ってもいない連中ばかりだ」とさめた目で言い切った。
≪関与のアルカーイダ勢力、聖戦「元締め」誇示≫
フランスの風刺週刊紙銃撃事件に関与したとみられる国際テロ組織アルカーイダ系勢力は、イラクやシリアで台頭したイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」との間で、ジハード(聖戦)の“元締め”の地位をめぐり競合する関係にある。今回の事件では、存在感を誇示することで過激派の間で名声を高める狙いもあるとみられる。
実行犯の1人が訓練を受けたとされる「アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)」は、昨年12月発行の英字機関誌インスパイアで、「(少人数によるジハードは)情報機関も予測しづらい」などと指南する記事を掲載し、欧米でのテロを呼び掛けていた。
2009年にイエメンとサウジアラビアの武装組織が合併して成立したAQAPは、拠点のイエメンで反政府武装闘争を展開。09年には米デルタ航空機の爆破未遂事件を起こすなどしている。メンバーは地元部族を中心に数百~千人程度とされる。
これに対し、シリア内戦の過程で台頭したイスラム国は、アルカーイダ本体から「破門」されながらも、昨年6月に全イスラム教徒を率いるとする「カリフ制国家」の樹立を宣言。他のアラブ諸国や欧米から多数の戦闘員や資金を集める存在に急成長した。
アルカーイダ系勢力にとっては、究極的なカリフ国家建設に向け信仰の敵を倒すジハードの先導者としての地位をイスラム国に奪われつつあったといえる。
AQAPは13年、事件で犠牲となったシャルリー・エブド紙のステファン・シャルボニエ編集長(47)を含む「暗殺対象者リスト」を発表。編集長は今回、実際に殺害された。
AQAPが実行犯にどの程度、指示や支援を与えていたかはなお不明だが、AQAPにとっては海外でのジハード成功を喧伝(けんでん)する絶好の機会となった形だ。仏国内で、風刺週刊紙襲撃に連鎖する形で別のテロ事件が発生したことも、アルカーイダ系の求心力を高めることにつながる可能性がある。(カイロ 大内清/SANKEI EXPRESS)