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【野口裕之の軍事情勢】仏情報機関vs.テロリストの死闘 

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【野口裕之の軍事情勢】仏情報機関vs.テロリストの死闘 

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1月14日、原子力空母シャルル・ドゴールの艦上を歩くフランスのフランソワ・オランド大統領(左から3人目)。マニュエル・バルス首相の「テロとの戦争」宣言を受け、艦上演説で仏軍削減計画の見直しを表明した=2015年(ロイター)  フランスの風刺週刊紙本社銃撃など、一連のテロで17人が犠牲になり、仏情報機関・軍VSイスラム系テロリスト・武装組織の死闘は激化する。仏情報機関は3000人以上が殺された9・11(米中枢同時テロ/2001年)の前兆を察知し、米国に伝えており実力は並ではない。仏首相は13日「テロとの戦争に入った」と演説したが、常時数千の仏軍を貼り付けた戦争は1980年代以降、マリやニジェール、チャドなどでとっくに始まっている。テロ供給源掃討も重点目標の一つで、北~西アフリカ情報の厚さも、仏軍は欧米各国軍に比べ抜きんでる。にも関わらずテロを許した衝撃で、仏政府は情報機関の権限強化や法改正へと「舵」を切った。もっとも、仏政府は過去幾度も「舵」を切らされた。民主国家としての人権の壁もあり、実施できるノリシロは次第に狭められていく。その間も、疎外感にさいなまれる青年の中で眠っていた“細胞”は、インターネットを駆使した過激分子に起こされ、インターネットを通じて増殖を止めない。世界各地で「テロを恐れない」とうたうデモが行われているが、テロリストは死を恐れるどころか「大好き」。移民=テロリストでは断じてない。ただ、西/北欧は移民≠テロリストと完全に断言できぬ社会構造を培養した。構造改革が可能か否かは誰にも分からないが、これからもおびただしい血が流れる悪夢は誰もが予期している。

 「死が大好き」な姿勢

 今回の事件では、立て籠もった犯人2人が「死など恐れない」姿勢を、説得した国家警察特別介入部隊(RAID)の交渉人に告げた。アルジェリア系フランス人モハメド・メラも2012年、平然と口にした。

 「僕は死が怖くない。死は大好きなんだ」

 メラは仏軍将兵3人、ユダヤ系学校教師と逃げる児童3人の頭部に至近距離で発砲し惨殺。32時間立て籠もった末、射殺された。23歳のメラがRAID交渉人に漏らしたのが、前掲の言葉だった。児童の一人は髪の毛をつかんで引き寄せられ、頭を撃ち抜かれたが、メラは首に付けたカメラで自らの蛮行を撮影した。仏大統領は「怪物」と精いっぱいの非難を浴びせたが、メラの言葉に今一人の「怪物」を思い出したであろうか。

 9・11の首魁ウサマ・ビンラーディン(1957~2011年)。1997年、米テレビの取材にこう答えた。

 「われわれはアラーの大義のために死ぬのが大好き。あなた方が生を好むようなものだ」

 週刊紙本社襲撃犯も「殉教者」を自称した。反面、メラは「自殺行為だとは思わないし、殉教する気もない。もっと大勢の人間を殺せなかったことだけが後悔だ。フランスを屈服させ誇りに思う」とうそぶいており、教義よりフランスへの憎悪が勝っている側面が有った。

 9・11を察知した実力

 「怪物」と戈を交える情報機関の中で、国防省《対外安全保障総局=DGSE》は何度か手柄を挙げた。ビンラーディンが2000年、アフガニスタンでロシア・チェチェン共和国のイスラム過激派と米仏独航空会社数社の旅客機乗っ取りを謀議。最終的にユナイテッド/アメリカン両航空会社に絞った-情報の掌握も殊勲の一つだ。情報源はイスラム武装勢力タリバンと交戦中のアフガン軍閥が、ビンラーディン率いるアルカーイダに潜り込ませた間諜。DGSE自体も、欧州でリクルートしたイスラム教徒を「聖戦士志願者」として、アルカーイダ訓練キャンプに送り込んでいた。DGSEはCIA(米中央情報局)に通報したが、なぜか食いつかなかった。通報の8カ月後、両航空会社機はニューヨークの世界貿易センターや米国防総省に突っ込む。

 内務省・国内中央情報局(DCRI)も08年以降、メラに注目したが凶行を防げていない。今次事件も、容疑者兄弟は11年に監視対象となるが、13~14年に解除してしまう。DCRIは13年にも、別の仏情報機関が提供した情報を軽視し、イスラム教徒の仏軍兵傷害事件を許した。仏政府は事件の度に組織編成と捜査手法を評価し、改善を繰り返してはいるが、万国共通の病巣は治らない。

 国防/内務/外務/司法/経済/金融/運輸/厚生/科学技術の省庁間調整を首相府・国家安全保障事務局が担うも、省庁間は無論、省庁内の各機関・部局それぞれに高い「情報抱え込みの壁」を築いている。地方監視態勢強化を目指し、08年に統廃合で誕生したばかりのDCRIを14年、国内治安総局(DGSI)に再編したのだが…。

 度々断行された法整備

 人員不足も深刻。監視対象数千人に対しDGSI職員は3500人。通信傍受など一対象者の終日監視には20人前後が要るという。「対象者が一定期間、犯罪や不審な動きをせぬ限り優先順位を下げる」点は、手薄な日本の公安機関でも同様だ。

 1970年代以後、パレスチナ関係組織やシリア/イラン政府機関、アルジェリアの武装集団の標的となり、法整備も9・11以前から度々断行した。特に2004~05年のスペインやロンドンの同時爆破テロ(計247人死亡)に驚愕した06年の法改正は象徴的だ。例えば-

 ★イスラム過激思想宣伝など、協定違反を犯す放送業者への免許取り消しを含む制裁に関し、業者の対象を拡大。

 ★国籍剥奪条件など刑の加重。

 ★交信記録保存義務をネットカフェやWi-Fi接続業者、飲食店やホテルにも拡大。

 ★航空/船舶/鉄道(国際線)の予約記録や客の旅券・身分証などのデータに関する自動処理権限。

 ★特定の治安当局者による行政ファイルへのアクセス。

 《国家・国民の安全》と《人間の権利・自由》とのバランスは慎重であるべきだ。この点、憲法裁判所や議会、外部が注文を付けられない複数の完全独立行政機関が法制定の前後に、厳しい適正審査を行う。

 しかし《安全》なくして《権利・自由》は保障されない。9・11の2カ月後、対テロ関係法を制定した仏内相の決意は《平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した=憲法前文》国が、日本だけである歪を突き付ける。いわく-

 「人権・自由侵害なる批判があるが、テロ脅威に直面しながら戦わない姿勢こそ、自由の侵害であろう」(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS

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