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【立川志らくの粋々独演会】「絵画」際立たせた監督の魔法
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【かざすンAR(視聴無料)】映画「ビッグ・アイズ」(ティム・バートン監督)。公開中(P2提供)。(C)Big_Eyes_SPV,LLC.All_Rights_Reserved. □映画「ビッグ・アイズ」
米女流画家、マーガレット・キーンの描いた「ビッグ・アイズ」-目が極端に大きい少女の絵、一度は見たことがあるはずだ。爆発的に売れたこの絵には壮絶なエピソードがあった。
監督はティム・バートン(56)。あらすじは、簡単にいうなればあの「佐村河内事件」である。この映画を見た日本人は例外なくあの事件を思いだす。佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏(51)と新垣隆氏(44)の間にもきっとこの映画みたいなことがあったのだろうなと想像してしまう。
物語の舞台は1960年代のアメリカ。女性が仕事でなかなか大成しづらい時代。暴力亭主から幼い娘を連れて逃げだしてサンフランシスコにやってきたマーガレット(エイミー・アダムス)。彼女は駆け出しの画家。描く絵は娘をモデルにした目の大きな女の子。彼女の才能を見いだした画家ウォルター(クリストフ・ヴァルツ)と再婚をする。
ウォルターの描く絵は凡庸な風景画。しかし彼には商才があり、彼女の絵を見事に売りまくり、2人の生活は豊かになっていく。しかしウォルターは「絵の作者は自分だ」と嘘をついて売っていた。その方が売りやすい。時代背景が女性には冷たい時代であったから、マーガレットも断腸の思いで亭主のやり方に同意をした。やがて彼女の絵は「ビッグ・アイズ」と呼ばれブームになる。やがて自分の絵をただの金もうけにしか考えていない亭主に対し、絵を愛する彼女は真実を世間に公表する決意をした…。
実話を元にしたこの映画、前半はラブストーリー、中盤からサスペンスになり、最後は法廷ドラマ、それもコメディーになる。さらにティム・バートンの描く世界が絵画的で美しく、なんとも贅沢(ぜいたく)な、ことによるとティム・バートンの最高傑作というか集大成的作品ではないかと思える。
そもそもティム・バートンはディズニースタジオでアニメーターとして働いていて才能を見いだされ映画界に転身した人物だ。「ビートルジュース」(1988年)や「シザーハンズ」(90年)の映像の美しさはアニメーターとしての手法をふんだんに取り入れた賜物(たまもの)。それが近々の作品は、「アリス・イン・ワンダーランド」(2010年)にしても、「チャーリーとチョコレート工場」(05年)にしても、大ヒットはしているが、内容よりも映像マジックにばかり目がいき、私なんかは苦手意識すら持っていた。
しかし今回の「ビッグ・アイズ」ではその手法が最低限に抑えられた。それは題材が絵画だからである。主役であるビッグ・アイズの絵よりティム・バートンの世界が印象的であったら映画として成立しない。だからティム・バートンの映像マジックは風景を中心に、いかに自然の中でその美しさを際立てるかにとどまった。それによる効果は、ビッグ・アイズを目立たせるのは勿論だが、亭主の描いたとされる凡庸な風景画がますます陳腐なものに見えてくる。
役者も誰もが知っている大スターではなく、自力のあるエイミー・アダムス(40)とクリストフ・ヴァルツ(58)を起用して物語をより現実的にした。ティム・バートンの遊び心として、マーガレットの親友、ディーアンにクリステン・リッター(あの爆発的ヒットを飛ばした米テレビドラマ『ブレイキング・バッド』に登場するジェシー・ピンクマンのジャンキーの恋人の子)を起用し、ポップアート的な感じにしているあたりが憎い演出だ。
そして何より上手(うま)いのが、観客がウォルターに抱く印象の操作だ。最初はウォルターを実に胡散臭(うさんくさ)そうに見せ、観客は「マーガレット、こいつに騙(だま)されるな」と思い、ラブストーリーに入ると、観客に「あれは誤解だった」と思わせ、ウォルターが「ビッグ・アイズを描いたのは自分だ」と言い始めても、観客は「まぁ、生活のために仕方ないか」と理解を見せ、だがやがて「こいつやっぱり悪党だ」と憤慨し、最後には「馬鹿(ばか)だなあ、こいつ」と彼を憐れむ。
今回のティム・バートンのマジックは映像ではなく人物描写にあったのだ。映像マジックはビッグ・アイズを際立たせ、凡庸な風景画を陳腐に見せる手法において発揮させた。だから私はこの映画をティム・バートンの最高傑作と評したのであります。東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズなどで公開中。(落語家 立川志らく/SANKEI EXPRESS)
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