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R&Bの継統と革新 重要作だ ディアンジェロ 14年ぶりの新譜

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R&Bの継統と革新 重要作だ ディアンジェロ 14年ぶりの新譜

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シンガー・ソングライター兼プロデューサー、ディアンジェロ。(C)Gregory_Harris  元来疑り深く、あまのじゃくな僕は、人が騒げば騒ぐほど、その対象から興味を失い、逆に不信感を抱いてしまう。その僕の防御壁の高さゆえに、普通に聴けば気に入るはずの作品を見過ごしてしまうこともある。

 2014年12月に突如リリースされた米国R&Bシンガー、ディアンジェロの14年ぶりのニューアルバム『ブラック・メサイア』。発売直後からメディアやSNSでの称賛の嵐に僕は思わず引いてしまったのだが、好きなシンガーであっただけに恐る恐る聴いてみた。ところが、僕の警戒心は偏見となってこのアルバムに正当な評価を与えなかった。絶賛されている割には、玄人受けする地味な内容だったし、盲目的な有名人崇拝に断固反対する僕は、自らの思い込みからこの作品を色眼鏡で見てしまったのかもしれない。発売から1カ月たち、先入観なく『ブラック・メサイア』を何度も聴いてみた。改めてフラットな気持ちで聴き直すことによって、僕はその魅力をようやく知ることになる。

 今回、ディアンジェロのソロ作とアナウンスされているが、参加メンバーをザ・ヴァンガードという名前のバンドに見立てて、厳密にはディアンジェロ&ザ・ヴァンガード名義でのリリースとなっている。ヒップ・ホップ・グループ、ザ・ルーツのクエストラヴ、モータウンの黄金期を支えたとも言われる重鎮、ジェームス・ギャドソン、超一流のセッション・ベース・プレーヤー、ピノ・パラディーノ、そして、グラミー受賞トランペッターのロイ・ハーグローヴらがアルバムに参加している。彼らを単なるゲストではなく、シーンを開拓する音楽仲間としてVANGUARD(先駆者)と名付けたに違いない。

 「メッセージ伝える」姿勢

 2000年に発売された前作『ヴードゥー』のリリース直後から新作の制作に取りかかっていたとのことだが、エンジニアのラッセル・エレヴァドによると、当初はディアンジェロがほとんどの楽器を自分で演奏するデモが多かったとのこと。その後、ミュージシャンたちとジャムセッションして制作する方法に移行していったそうだ。

 一聴すると、ボーカルスタイルにプリンスの影響がうかがえるが、それは、ファンクのレジェンド、スライ・ストーンに通じる歌唱法でもあるし、デトロイト・テクノの奇才、ムーディーマンとの同世代的な共鳴を見いだせないでもない。いずれにせよ、革新的なブラックミュージックの系譜を受け継ぎ、同時に、自らもイノベーターたらんとする意欲作であることは間違いない。大ヒットした名曲「ブラウン・シュガー」のようなスウィートなR&Bが期待される中、ロックやファンク、ジャズやソウルをクロスオーバーさせて、あえてアンダーグラウンドな雰囲気を充満させた作品を発表するあたりにアーティストとしての真摯(しんし)な心意気を感じる。

 レコード会社の希望により本年度のグラミーに間に合わせるために元々は2014年秋のリリースが計画されたという証言が、クエストラヴによってWEB上で投稿されているが、そもそも15年かけた(さまざまなドラマや葛藤があったのだろうと推測される)新作の制作という事実から、その本気度が伝わってくる。

 しかも、いったんは延期して15年のリリースが決まったにもかかわらず、アメリカのファーガソンでの黒人の射殺事件を起こした白人警察官の不起訴が14年11月末に決まったことを受けて、急遽14年12月の緊急リリースとなったらしい。「音楽を通してメッセージを伝える」というコメントをディアンジェロは発表している。

 その時間のかけ方、メッセージ性、そして、玄人好みの渋いサウンド(あえて言い換えている)とさまざまな角度から見ても、即席のヒットを求めがちな音楽産業にとっては異例のアルバムリリースである。この作品がメジャーから発売されるというアメリカの懐の深さとリベラルな空気を僕はうらやましく思っている。

 それにしても、過度の警戒は機会を損失すると痛感させられた。世間の評判と僕の見解は必ずしも一致しない。でも、その逆もありえるのだ。しかも、ディアンジェロの場合、繰り返し聴けば聴くほどその良さが堪能できるアルバムなので、軽い気持ちの試聴では判断できないのだ。これは間違いなく重要作だ。(クリエイティブ・ディレクター/DJ 沖野修也/SANKEI EXPRESS

 ■おきの・しゅうや クリエイティブ・ディレクター/DJ/執筆家。著書に『DJ選曲術』など。今年1月に自伝『職業、DJ、25年』を出版。

 ■D’Angelo シンガー・ソングライター兼プロデューサーであり、数々の楽器を弾きこなすマルチ・アーティスト。2000年発表の前作『ヴードゥー』で第43回グラミー賞最優秀R&Bアルバム受賞。昨年12月に14年ぶりとなる最新アルバム「ブラック・メサイア」がリリースされた時には映画監督のスパイク・リーをはじめ、ファレル・ウィリアムス、アリシア・キ-ズ、ジャスティン・ティンバーレイク、ジョン・メイヤー、マーク・ロンソンほか多くの著名アーティストが賛辞を贈った。

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