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なぜ汚染告発映画は抹殺されたのか 中国の体制揺るがしかねない環境問題
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首都北京市で今年最初のスモッグ警報が出された1月15日、天安門広場前では使い込まれたマスクを着けた男性の姿が見られた。決して慣れっこでは済まされない問題だ=2015年、中国(ロイター) 中国で深刻化する大気汚染の実態や健康被害を告発したドキュメンタリー映画が先月末、インターネット上で公開されると国民的な議論に発展し、視聴回数が1日で1億5000万回を超すほどの大ヒットとなった。中国政府は当初、事態を静観していたが、あまりの反響の大きさを問題視し、この映画の規制を決定。国内の動画サイトなどから次々と映画を削除し、8日までにほぼ見られなくした。
「大気汚染」「ネット検閲」という中国ならではの2つのキーワードが織り成した一連の事態の展開は、環境問題は中国では単なる経済・社会問題であることを超越し、体制の土台を揺るがしかねない極めて敏感な問題であることを浮き彫りにした。
この映画は、昨年1月まで国営中国中央テレビ(CCTV)の著名女性キャスターだった柴静(チャイ・ジン)さん(39)が約100万元(約1930万円)を自己負担して自主制作した「ドームの下で(穹頂之下)」。103分に及ぶ力作で、2月28日に国内のウェブサイトに投稿され、中国共産党機関紙・人民日報系の国際情報紙「環球時報」などによると、1日後には再生回数が1億5000万回を超えた。
映画では柴静さん自らがプレゼンテーターを務め、冒頭のインタビューでは柴静さんの出身地で大気汚染が深刻な山西省に住む6歳の少女に「星を見たことがある?」と問いかけ、「一度もない」と少女が答えるシーンが印象的だ。
その他、全編を通じて柴静さんは綿密なデータや取材結果を示しながら、落ち着いた口調で有害物質を含んだ濃霧のリスクや発生源などについて解き明かし、「未来の子供たちのために一人一人が行動を起こす時だ」と訴えた。
柴静さんがこの映画を制作したのは、個人的体験が動機だ。キャスター時代の2013年10月に長女の知然ちゃんを出産。しかし、知然ちゃんには腹部に腫瘍があり、誕生直後に手術を受けなくてはならなかった。
幸い手術は成功したが、「私が汚染のひどい山西省で育ったことが娘の病に影響している可能性が高い」と思い至り、看病を目的としたCCTVの退職と自主映画制作を決心したという。
映画は再生回数だけでなく、書き込みコメント数も1日5万件以上と、熱狂的に国民の支持を受けた。
ただ、内容には、ガソリンなどの品質基準を主導する国有石油企業を批判するなど、報道統制下にある中国ではきわどいものもかなり含まれた。
このため、事態を憂慮した共産党宣伝部は今月3日、全国の報道機関向けに映画の関連報道を禁じる通知を出した。さらに5日、折しも北京で開催中の全国人民代表大会(全人代=国会)で規制が正式に決まった。
全人代で李克強首相(59)は5日、環境汚染に強い姿勢で取り組む姿勢を表明した。しかし中国では、こと環境問題に関しては、法の制定と実行は全く別物だ。
ルールが決められても特に地方ではほとんど守られず、当局も見て見ぬ振りで処分しない。なぜなら、厳しい環境規制の順守を迫って企業が倒産して失業者が激増すれば、体制を揺るがしかねない社会不穏に直結するからだ。
柴静さんの映画は国民を啓蒙させた点で意義深いが、中国政府と共産党は、これを封じ込めることで改革よりも体制の安定を選んだといえる。/SANKEI EXPRESS)