ニュースカテゴリ:EX CONTENTS
経済
【国際政治経済学入門】軍拡を可能にする人民元膨張
更新
中国人民銀行の資金供給と軍事費、GDP(国内総生産)の推移<1993年~2014年>。※データ:ストックホルム国際平和研究所(2013年まで)、CEIC。(注)2014年の軍事費は中国国防報告の前年比伸び率に応じた筆者推計 北京では毎年恒例の全国人民代表大会(全人代、共産党が仕切る国会)が5日から17日までの日程で開かれている。会議の冒頭で、中国の2014年の国防費が前年比12・2%増と発表された。経済は停滞しても、軍拡の支障にはならない。
軍事費膨張を可能にしているのは、中国の通貨制度である。中央銀行が供給する資金は「マネタリーベース」と呼ばれるが、党が支配する中国人民銀行は流入するドルなど外貨を商業銀行から買い上げ、マネタリーベースをその分増やす。08年9月のリーマン・ショック後、米国連邦準備制度理事会(FRB)は3度にわたる量的緩和(QE)に踏み切り、14年10月のQE終了時点で、リーマン前に比べたドルの資金供給(マネタリーベース)残高を4倍増やした。
ドル資金の増加相当額にほぼ見合う外貨が新たに中国に入り、人民銀行はやすやすと米QEによるドル増加額並みの人民元資金を追加供給してきた。中国のマネタリーベースは14年末に、リーマン前の07年末に比べてドル換算で3.4兆ドル増えた。この間のドルのマネタリーベース増加額は3.1兆ドルである。
国内総生産(GDP)規模が米国の半分程度の中国が米並みに資金を大量増発すれば高インフレになりそうなものだが、現実には低インフレ率にとどまってきた。「管理変動相場制」のもとに外為市場操作を行い、人民元の対ドル相場を日々、上下それぞれ前日比2%の変動幅に抑えている。通貨が安定すれば、輸入物価も安定する。
商業銀行につぎ込まれた人民元資金は不動産開発向けなどに融資され。さらに預金となって銀行に還流し、銀行は新たに融資するという「信用創造」が活発になる。人民銀行の資金供給量を「1」とすると、現預金はその5倍以上増えている。その比率は「信用乗数」と呼ばれるが、最近のデータでは日本は0.4、米国は「1」程度である。中国のマネーを増殖力はずぬけている。中国の現預金総額は14年末で20兆ドル強(約2400兆円)で、実に日本の3倍、米国の1.7倍に達した。
人民元は外為市場で超安定だから、外国の企業や金融機関も好んで人民元での取引を拡大する。人民元の外部への持ち出しは一般には制限されているが、特権を持つ中国の国有商業銀行や国有企業は香港を足場に人民元資金をフル活用できる。香港の中国系銀行と香港上海銀行など外銀大手は外貨と引き換えの人民元の多くを中国本土に還流させる。巨額の人民元資産が海外に蓄積されると、自由な人民元市場が本土外に成立する。それを防いでいる。
香港を足場にすれば、党幹部が支配する企業や軍はふんだんな人民元資金を使って、外国の企業、不動産、さらに先端技術、武器まで積極的に買うことができる。先の春節では、中国人団体が東京や大阪などで「爆買い」したが、それは膨らむチャイナ・マネーのほんの一面でしかない。
党指令のもとに軍と中央銀行が一体となっているのだから、北京は人民元パワーを戦略的に活用できる。習近平政権は資源国向けの対外資金援助にも、軍事強化のためにも、人民元を積極利用するはずだ。
中国は、国際通貨基金(IMF)が発行する計算上の通貨SDR(「特別引き出し権」と訳される)の構成通貨への人民元組み込みを工作している。もし、認められると、人民元は円を抜いて、ドル、ユーロに次ぐ世界3大国際通貨に数えられるようになり、世界各国政府の公的準備資産として採用される。すると、中国はマネーパワーをさらに発揮しやすくなる。
人民元は、銀座の高級ブランド・ショップを潤すなどとはしゃいでいては能天気もいいとこだ。日本を脅かす軍拡にはずみをつけるのだ。(産経新聞特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS)