熊本県天草市出身の放送作家で脚本家の小山薫堂（こやま・くんどう）さん（５０）が企画した短編映画「ふるさとで、ずっと。」が完成し、１５日に熊本市で一般向け試写会が開かれる。ご当地キャラクター「くまモン」が、熊本県で暮らす人々を訪ね、人生のドラマを四季折々の風景とともに紹介。１年がかりで撮影した。小山さんの故郷の天草市で２月中旬に行われた最終ロケでは、寂れた映画館をオーナーに内緒で満杯にする「サプライズ」を企画。映画へのオマージュも詰まった「大人の童話」に仕上がった。

　「未」完成試写会

　２月１５日夜、天草市中心部にある市唯一の映画館「本渡第一映劇」には、くまモンに手を引かれた子供たちを先頭に１２０人以上の市民が押しかけた。「ふるさとで、ずっと。」の未完成版の試写会。普段は閑古鳥が鳴く映画館は久しぶりの大入り満員となった。目を丸くした支配人の柿久和範さん（５３）は、「これが映画館なんだよなあ」としみじみ。

　天草出身の柿久さんは県外で働いていたが、父親が倒れてＵターン。「好きな映画の仕事をしたい」と映画祭を企画し、高倉健や宮沢りえなど著名俳優も招いた。「劇場で映画の楽しみを味わってほしい」と、閉鎖されていた映画館を譲り受け、１９９８年に再開。自ら選んだ名画や新作を上映しているが、普段の客は一日に数人かゼロという。

　「いつか満席にしたい」という柿久さんの願いを小山さんがかなえた。「試写会のロケをする」とだけ伝えていた。「これからも人生を豊かにする映画を探したい」と、上映後にあいさつする柿久さんや、そばで涙ぐむ妻の敬子さん（４９）。一連の風景はそのまま撮影され、作品のラストシーンとなる。

　「ふるさとで、ずっと。」は熊本県の観光ＰＲフィルムとして２０１１年に発表された「くまもとで、まってる。」の続編で約１５分。制作費は約８００万円で、前作に続き小山さんが企画、脚本、監督を担当した。観光ＰＲだけではなく、何げない日常で紡がれていく人生の素晴らしさを伝える狙いがあり、その目線は限りなく優しい。小山さんは「見た後でちょっと幸せな気分になれて、幸せは身近なところにあると感じてもらえればうれしい」と話す。

　前作に出た人のその後もたどる。当時、熊本県山鹿市の地方劇場で１０１歳の現役最高齢ダンサーとして活躍していた氏岡百枝さん（１０５）は引退した。生まれ故郷の菊池市で昨春、くまモンが桜吹雪の中で氏岡さんの車いすを押して歩くシーンを撮影した。

　昨年５月には、今年３月で廃校となる天草市立坂瀬川中学校の最後の運動会に、くまモンがサプライズ参加したシーンを撮影。「記念にくまモンに来てほしい」という生徒たちの願いを内緒でかなえたもので、生徒たちも家族も大喜び。教諭の上田憲子さん（４１）は「生徒たちのいい思い出になりました」とほほ笑む。

　「映画館ごっこ」

　映像の合間には、熊本に暮らすさまざまな人々が歌う「ハミング」が織り込まれる。元歌は小山さんと親交の深いミュージシャンの押尾コータローさん（４７）が作曲、佐藤竹善さん（５１）がハミングをつけた。

　ハミングに参加した、天草を拠点に移動コーヒー販売「楽園珈琲」を営む本山秀樹さん（４７）と美和さん（４２）夫妻はともに県外出身。秀樹さんは天草発着の航空会社、天草エアラインの整備士だったが、病気で療養。大好きなコーヒーも止められたが、「自分で選んだ豆を自家焙煎して試したら、大丈夫だった」ことからライトバンでの移動販売業に転身した。いずれ大好きな天草で店を構えたいという。

　「ふるさとで、ずっと。」は劇場公開せず、ＤＶＤを１万円で１０００人限定で配り、購入者をミニ映画館「くまモン座」の支配人として認定、自主上映会を開いて広めてもらう方法をとる。セットで、ポスターやパンフレット、チケットにくまモンのトロフィーも付く。

　「『映画館ごっこ』をしたかった」と小山さん。「カラーテレビが普及し始めたころ、一つの家に近所の皆さんが集まってテレビを見てコミュニティーが生まれた。くまモン座が人が集まるきっかけになればいい。他の映画も上映して楽しんで」

　小山さんが１月に責任編集した週刊誌「ＡＥＲＡ」（朝日新聞出版）の特集「やさしくなりたい。」も、売れ行きは好調だったという。優しさが連鎖していくような小山さんの企画が支持されるのは、インターネットの普及で人間関係が希薄化し、すさんだ事件の増えた現代社会に対する揺り戻しかもしれない。（藤沢志穂子、写真も／ＳＡＮＫＥＩ　ＥＸＰＲＥＳＳ）