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【日本遊行-美の逍遥】其の十八(小鹿田焼・大分県) 家族愛が支える 民芸の魂

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【日本遊行-美の逍遥】其の十八(小鹿田焼・大分県) 家族愛が支える 民芸の魂

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小鹿田焼(おんたやき)の土は、コシが強く、粘りがあり、きめが細かいが、伸ばしにくく、乾燥時に底割れを起こしやすいことから技術を要する=2014年10月1日(井浦新さん撮影)  大分県日田市の山あい、皿山を中心とする小鹿田地区で焼かれる陶器、小鹿田焼(おんたやき)。江戸時代に開窯(かいよう)して以来、一子相伝で技術を守り続けてきた。民芸運動の提唱者である柳宗悦(やなぎむねよし)が訪れ、「日田の皿山」という本を著し、バーナード・リーチが滞在制作したことで、その名が全国に知られるようになった。

 山あいの道をのぼると、10軒の窯元が集まる山里へ到る。こっとんこっとん、集落の真ん中を流れる川の水車が陶土を搗(つ)く、唐臼の音が聞こえてくる。

 裏山で採れた土が砕かれ、パウダースノーよりもさらになめらかになったら、水に入れて、ゴミやアルカリ分を取り除く。この水簸(すいひ)の作業を経て水を抜き、乾燥させた後、練って初めて粘土ができる。この間、約1カ月。近代以降、日本のやきものが合理化、機械化の方向へと進む一方で、小鹿田焼は、手間を惜しまず、昔ながらの技法を守り続けてきた。その理由は一体何だったのだろう。

 土づくりは昔から女性たちの仕事で、男たちはその土を使って形をつくり、登窯(のぼりがま)で焼き上げた。学校から帰ってきた子供たちは当然のように家業を手伝う。伝統の根源は家族であり、小鹿田焼の歴史は家族愛によって支えられてきたことを知る。

 ある窯の職人さんに訊ねてみたところ、「若い頃には外に出たい気持ちもあったけど、ここに生まれ育って伝統を見続けてきたから、これしかないと、いつの日からか思うようになった」と返ってきた。

 ≪使いやすく美しい 色褪せないデザイン≫

 飛び鉋(かんな)の技法に挑戦させていただいた。時計のばねを利用した手づくりの鉋を握り、蹴(け)ロクロの前に座る。「とにかくやってみましょうか」とにこやかな坂本工さんを前に、僕は後ろに蹴るべきロクロを前に蹴り、左回転のロクロを右回転させてしまった。でも何だか面白い文様ができた。坂本さんは笑いながら「先入観がないほうが、面白いものができるんです」と、気負いや加飾のない言葉で語った。

 小鹿田焼は、白化粧をベースに、飛び鉋、打ち刷毛目(はけめ)、打ち掛け、流し掛けなど、数々の文様の挑戦を重ねてきた。しかし技法を進化させる方向には走らなかった。なぜ、これほどまでに昔ながらの技法を大切にし、淡々とつくり続けてきたのか訊ねてみた。

 坂本さんは、柳宗悦がこの地を訪れたとき、「すばらしい形だ。何も変えずにこのままつくり続けなさい」といわれたからだという。

 小鹿田焼は、器に個人名を入れることを慎む匿名性のなかで育まれた。この土地のどこかに、日本の美しい原風景を感じるのは、制作する人々の姿が、器それぞれに映し込まれているからだと思う。

 各窯の軒先には、山積みにされた小鹿田焼の器たちが、500円、800円と、誰もが手にできる価格で売られている。東京のギャラリーで見るのとは、ひと味もふた味も違う、この山積みの姿こそが、庶民のための本来の器の姿であると感じる。

 飛び鉋の技法は、外側に施せば手が滑りにくく、内側であれば料理が崩れにくい。実用と装飾が一体となった優れた姿で、表面に施した白化粧が日本の食材との色の相性もよく、盛った料理を引き立てる。我が家でも、食卓のスペースを、すっかり小鹿田焼の器たちが占めるようになった。

 若い頃は海外のデザインに惹かれもしたし、時代に合うものをつくることに熱中した。もちろんそれは興味深いし、挑戦したいと思うけれども、いつしか、使うためのデザインが大切だと思うようになった。使うために生まれるデザインは、普遍的で色褪せないからだ。斬新な形ができたから満足するのではなく、使って機能を検証し、要らないものを外し、足りないものを加える。そのようなものづくりの方が、僕には合っているようだ。本当にしっくりくる。使うために生まれたデザインは色褪せることがなく、民衆のためにつくられた愛情あふれる器こそが、民芸の魂を継承するものなのだと感じた。(写真・文:俳優・クリエイター、京都国立博物館文化大使 井浦新(いうら・あらた)/SANKEI EXPRESS

 ■いうら・あらた 1974年、東京都生まれ。代表作に第65回カンヌ国際映画祭招待作品「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)など。ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」では第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。

 2012年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。13年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。

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