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中国 スポーツ選手優遇に疑問の声

 2004年アテネ五輪陸上男子110メートル障害で金メダルを獲得した中国のスター選手、劉翔(りゅう・しょう、31)が、引退発表後も新たな論争を引き起こしている。発端は、劉翔が試験免除で華東師範大学(上海市)の博士研究生となったこと。国が定めるメダリストの優遇措置のあり方について、疑問の声が上がり始めている。

 劉翔の進学が引き金

 劉翔は4月7日、中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」上で、現役引退を発表し、「残っている学業をやり遂げて、さらに一歩自分を充実させるつもりだ」と述べていた。それが、華東師範大学で体育人文社会学の博士号を取ることだった。

 中国国家体育総局は02年9月、引退した選手の就業を進めるための「意見」を発表した。その第7条に、好成績を収めた選手は大学入試を免除する旨が定められている。国内の全国大会では3位以内、アジアの大会では6位以内、五輪や世界選手権などでは8位以内で、その資格を得ることができる。

 劉翔はアテネ五輪当時、すでに制度を利用して華東師範大学の本科(学部)に所属していた。アジア人として初めて五輪の陸上短距離で金メダルを獲得した劉翔は、大学にとっても大事な宣伝材料だ。大学側は体育健康学院の院長ら8人の教授で劉翔1人のための特別チームを結成。練習の合間や夜間、祝祭日に劉翔の練習施設に赴いて特別授業を行ったという。中国メディアによると、博士課程に進んだ劉翔は「ついに学生になることができて、とてもうれしい。結局、私はスポーツ選手だ。スポーツが本職で、スポーツを熟知している。今後もスポーツ分野で発展していきたい」と語った。

 ネットで「疑惑」噴出

 ところが、中国のインターネット上では、「劉翔は修士課程を卒業したのか?」「卒業論文は書いたのか?」「(卒業に必要とされる)英語検定は6級を超えたのか?」「パソコン検定は2級に達したのか?」といった疑惑が噴出した。

 劉翔本人が「英語をしっかり勉強したい」「しばらく本を読んだことがない。頑張って以前の感覚を取り戻さなければならない」などとのんきなことを言っているのだから、ネット利用者の疑惑もさもありなん-である。

 制度を利用しているのは劉翔に限らない。12年ロンドン五輪競泳男子自由形で2冠を達成した孫楊(そん・よう、23)も今年4月、無試験で蘇州大学(江蘇省蘇州市)の研究生(大学院生)となった。北京体育大学などでは多くのメダリストが卒業生に名を連ねている。ただ、五輪翌年のある年、北京体育大学には数十人のメダリストが入学したが、講義初日に授業に出たのは、わずか3人だったという。

 かつて北京体育大学で教壇に立った学者は中国メディアに、こう暴露している。「ある金メダリストを教えたことがあるが、言葉の表現能力でさえ必要な水準に達していなかった。そんな彼に大学で何を学ばせるというのか? 彼に必要だったのは基礎教育であり、高等教育ではなかった」-。

 高い学歴求め入学

 一方、選手側は能力不足を認識しながら、より高い学歴を求めて入学しているようだ。中国メディアによると、ある男子選手は「研究生の敷居はわれわれには高すぎる。一般教養課程の授業でさえ理解できないのだから、専門課程はいうまでもない」と告白した上で、「本科でも研究生でも自由に選べるんだから、誰が本科を選択するというんだ?」と本音を漏らした。こうした選手を受け入れている大学では最近、教育秩序を守るために、メダリストに退学を勧告するケースも出ているという。

 優遇制度はもともと、現役時代、練習に明け暮れた選手たちが引退した後、一般社会で就職するための競争力を養うために定められた。しかし近年、引退前に制度を利用して入学する選手が増加。メダルと引き替えに卒業証書を手に入れるという構図がうかがえる。

 北京社会科学院体育文化研究センターの金汕主任は中国メディアに対し、「授業にも出ず、試験も受けないスポーツ選手を大学に入れる。こうした制度が彼らにとってふさわしいのか? 彼らは一体どんな教育が必要なのか?」と、制度の再考を促している。(中国総局 川越一(かわごえ・はじめ)/SANKEI EXPRESS

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