SankeiBiz for mobile

甘い新茶と苦い思い出 平松昭子

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

甘い新茶と苦い思い出 平松昭子

更新

甘い新茶と苦い思い出(平松昭子さん提供)。http://kimonosnack.blogspot.com  【和のスタイル】

 新茶のおいしい季節ですね。アシスタントのFちゃんから静岡旅行のお土産をいただきました。おいしい新茶とちびまる子ちゃんの人形焼きです。静岡はちびまる子ちゃんの発祥の地でもあるので、まるちゃんとおじいちゃんの顔が人形焼きになっていました。

 新茶と一緒にいただく和菓子は普段の10倍以上おいしく味わえるような気がします。いつもなら、例えば人形焼きの場合は一気に3個くらい食べてしまいますが、丁寧にいれた新茶といただく場合は、小さなお菓子の顔を優しく手でちぎり、もぎ取られた残りの顔から目をそらしながら窓の外の景色を眺め、「あ~、本当においしい」と全身で感じていただくのが好きです。

 新茶の季節で必ず思い出すのは、母校の愛知県豊川市立桜木小学校の垣根。この学校の塀は、レンガでもフェンスでもなく、お茶の木で囲まれていました。5月になると全校生徒が茶摘みをする行事が毎年あります。しばらくしてから校内放送で「本日のお茶は先日みんなで摘んだお茶です」と給食の時間に流れました。しかし、それは非常に苦かったので大人になるまで新茶は苦いものだと思っていました。今思えば、子供が新芽を選べるわけがありません。だから古い葉も混ざっていたせいで味が苦くなってしまったのでしょうね。

 同じ豊川市にある母の実家の近くには、第二次大戦中に東洋一の規模といわれた海軍工廠(こうしょう)跡があります。祖母から聞いたのですが、戦時中はその横に茶畑がたくさんあったそうで、農業をしていた祖母は畑に出ているときに空襲警報のサイレンが聞こえてくると、腰をかがめ茶畑の陰に沿いながら家までたどり着いたお話をよくしてくれました。何度聞いてもドキドキするお話でした。空を飛んでいる戦闘機から、小さな黒い人影が動くのを発見されてしまったらすぐに弾を落とされそうです。木の陰に隠れながら移動することを思いついたのは祖母なのか、それとも戦時中を生きた人たちの知恵で海軍工廠付近に茶畑を作ったのか分かりません。

 甘くてマイルドな新茶をほっこりとした気分で味わっていても、戦争のスリリングな茶畑を想像すると徐々に動悸(どうき)が激しくなってきました。(イラストレーター 平松昭子/SANKEI EXPRESS

 ■ひらまつ・あきこ 1970年、愛知県生まれ。広告プロダクション退社後、フリーのイラストレーターに。ファニーでエレガントなイラストで人気を集め、現在は「GLOW」でコミックエッセーを連載中。インスタグラム@akikohiramatsu_officialで毎日新作を更新。水墨画や日舞をたしなみ、着物を愛好する。著書に「お洒落きものイズム」(グラフィック社)など。LINEのスタンプ「ラヴ&ゴージャス」が発売中。kimonosnack.blogspot.com

ランキング