50代半ばだからこそ描けた「魂の彷徨」 「界」著者 藤沢周さん
更新月岡、千秋、指宿、化野(あだしの)、それらを束ねる言葉は、『界』。収録作のタイトルをならべるだけでも、ぞくりとはしないか。芥川賞作家、藤沢周さん(56)の最新連作短編集だ。
「私」は50代半ばの作家。幼き日に祖母と訪れた郷里近くの温泉を再訪し、ふと「記憶の細胞が開」く(「月岡」)。今と過去。生と死。意識と無意識。見知らぬ土地を訪れながら、よろめくように、さまようように男はあらゆる「あわい」をただよい始める-。
日常こそがドラマ
剣道にのめり込む男子高校生の青春を描いた前作『武曲(むこく)』、前々作『波羅蜜(はらみつ)』では葬儀業界を。エンターテインメント性の強い作品が続いたが、一転、ストーリーというよりも、主人公が彷徨(ほうこう)するさまそのものに深くひたっていくような作品となった。「自分は、書くたびに変わっていくタイプ。今まで作ってきた自分の作品世界をいい意味で壊していきたい」というから、“確信犯”だ。「もともと『はぐれる』ということへの強い憧憬を持っていて。インドの詩人、タゴールの『道ができている場所では、わたしはわたしの道を見失う』という詩があるのですが、この主人公はまさにそういう人間。普通の道を歩いていると、自分を見失ってしまう」



