ニュースカテゴリ:EX CONTENTS
トレンド
大切な高貴なものが隠されている 「裏が、幸せ。」著者 酒井順子さん
更新
14日に北陸新幹線が開業し、注目を集めている北陸・山陰地方。これまでどちらかというと控えめな印象の日本海側地方だが、人気エッセイストの酒井順子さん(48)は「大切なものがひっそりと隠されている地」と説く。最新刊『裏が、幸せ。』では、文学、歴史、伝統芸能から政治家、果ては美人論まで、縦横無尽な切り口で「裏」への愛をたっぷりつづっている。
現在では差別用語とされているが、本書では、愛情と敬意を込めてあえて日本海側を「裏日本」と呼んでいる。「裏日本という言葉ができたのは明治20年代。最初は自然地理的な用語でしたが、30年代ごろから次第に経済的な格差が存在するという意味で使われるようになってきました。逆に言えば、太平洋側が汚れ役を担ってきたのに対し、日本海側には開発から守られてきた豊かな、清いものがたくさん残っている。『内裏』という言葉にも象徴されるように、大切なもの、高貴なものは『裏』に隠されているのではないでしょうか」
2012年から14年にかけて雑誌に連載した20回分をまとめた。「われながらよく『裏』をテーマにこれだけ書けたなと…。それだけ豊かな土地だということでしょうね」
「若い頃はアクセス的にも行きづらく、独特のマイナー感から日本海側を訪れる機会はあまりなかった」という。日本海側の魅力に引かれるきっかけとなったのは、本書にも“裏”性を体現した存在としてたびたび登場する福井県出身の作家・水上勉(1914~2004年)。「2010年に三島由紀夫と水上勉を比較する『金閣寺の燃やし方』という本を出しました。三島の『金閣寺』と水上の『五番町夕霧楼』、同じ金閣寺焼失事件を扱っているのに、全然視点が違う。そこに興味を持って水上を調べていくにつれ、裏世界が持つ独特の美に引かれるようになりました。水上は『裏』が持つ陰影を文学にまで昇華させた作家だと思っています」
もう一人、“裏”を背負った人物としてあげられているのは新潟県出身の政治家・田中角栄(かくえい)。「新潟と群馬の県境にある三国峠を『切り崩してしまおう』と演説した田中角栄。彼は裏であることをバネにし、『裏』を『表』化しようとしました」
日本海側の雪の美しさを説きながら、一方では「現地の人にとっては雪は迷惑なだけだろう」とおもんぱかる。日本海側の奥ゆかしさをたたえながら、「あくまでもこれは東京出身の自分による太平洋側の視点である」という立ち位置はずらさない。「『裏の人の気持ちが分かります』とはいえないですもの。私は、角栄に共感した人たちの気持ちを実感として理解することはできない。『裏は裏のままでいい』というと、ムッとする人もいると思います」
それでも、日本海について語りたかったのには、理由がある。
「『裏』の持つ上質で滋味豊かな充実感は、これからの日本に必要なものになってくると思っています。景色も、居心地もよくて…。私自身も年をとって東京のわさわさした感じがつらくなってきていますし、若者たちも明るいだけの未来はもはや信じていません。石川・和倉温泉の名旅館『加賀屋』の会長さんのお言葉なんですが、『裏日本は周回遅れのトップランナーになる可能性がある』と。今の日本がイケイケじゃなくなってきているからこそ、落ち着きやしっとりしたものへの憧れが強まっている」
「日本海側美人一県置き説」を検証するため実際に足を運んで美人率をカウントしたり、現地で活躍する人々と語らったり。そんな紀行文的な面白さもありながら、文学から宗教、政治、経済まで深く考察する。“裏”の魅力にも通じるような、しっとりとした奥行きが文章からもにじむ。
「大人になりました…。やっぱり、年を取ると文章も老けますね。物の見方は変わらないんですけど。昔のエッセーを読み返すと、『私たちギャルは』なんて書いてますからね、恥ずかしい。ターニングポイントになったのは、やっぱり(大ベストセラーになった)『負け犬の遠吠え』。35歳のときびっくりしたんですよ。『あ、もうすぐ40なんだ』って。そこからさらに年を重ねて…。今の年だからこそ、『裏』を書けたのかもしれません」
高校在学中のデビューから約30年。時代が抱いている「もやもやしたもの」を、スマートな言葉で切り取って提示してきた。今、関心があるものは“老い”と“死”だという。「足がむくんだり、老化をリアルに感じています(笑)。『死』を書いちゃうともう書くことがなくなってしまうから、『老い』を書いていきたいですね」(文:塩塚夢/撮影:野村成次/SANKEI EXPRESS)
「裏が、幸せ。」(酒井順子著/小学館、1500円+税)