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社会
【口永良部島噴火】横揺れ・轟音「逃げるのに精いっぱい」
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島中心部の新岳が噴火し、火砕流が海岸まで流れ込んだ口永良部(くちのえらぶ)島。手前は島民を避難させるために本村港に入港する「フェリー太陽」=2015年5月29日午後、鹿児島県(本社チャーターヘリから、鈴木健児撮影) 突然の爆音とともに立ち上った噴煙は島の上空をまたたく間に覆い、火砕流は斜面を下って海岸まで達した。29日、鹿児島県屋久島町の口永良部(くちのえらぶ)島で発生した爆発的噴火。住民らは着の身着のままで避難所に駆け込み、船やヘリコプターで島を離れた。「避難生活は長引くのか」。屋久島に着いた住民の表情には不安や疲労の色が浮かんだ。
「最初は地震の横揺れかと思ったら、ゴーッと音がして。すごく怖かった」
噴火は午前10時前。金岳(かながたけ)小・中学校に通う中学2年の二神遼君(14)は数学の中間テストの真っ最中だった。4月に避難訓練があったばかり。心の準備はできていた。でも「逃げるのに精いっぱいだった」。
校舎そばには教諭らがすぐに避難できるよう、事前にマイカーを横付けしていた。小学生10人、中学生6人は赤いヘルメットをかぶり、車に走った。体操着にスリッパ姿で、まさに着の身着のまま。その間、噴火からわずか2分だった。
二神君は高台の避難所に着くと、友達と山を眺めながら「怖いなあ」「これからどうなるのかな」と不安になった。「お母さん、早く来て」と涙を流す女児も。金岳小・中の図書司書補、永田和子さん(57)は「大丈夫だから、心配しないで」と背中をさすった。島にいた137人のうち約120人が、火口から約4キロ離れた番屋ケ峰の避難所に一時避難した。全島に避難勧告が発令されたのは午前10時15分。5分後に避難指示に切り替えられた。
このため、住民らは町営の「フェリー太陽」で島外に避難することになった。フェリーの定員は100人だが、噴火時の全島避難に備え、町と国交省が数日前から150人に増員できるよう話し合い、スムーズに増員手続きが行われた。
避難所では午後1時を回ったころ、「午後3時に港を出ますから」と消防団員の声がした。児童と保護者らは荷物をまとめ、港に急いだ。125人がフェリーで午後3時40分ごろに島を離れ、午後5時半ごろに屋久島に到着した。
二神君ら児童・生徒は今後も友達と一緒にまた勉強できるか心配している。町教育委員会によると、避難した子供たちは屋久島の小、中学校にしばらく通うことになるという。
介護ヘルパーの女性(36)は、着替えや仕事道具を詰めたかばん4つをフェリーに持ち込んだ。「いつ帰ることができるか知らされていない。避難生活が長引くのであれば精神的負担は大きい」。湯向地区に取り残された住民は、湯向港から上陸し集落を探し回った海上保安官に救助され、午後2時50分ごろに巡視船「さつま」に乗り移った。
救助されたのは60~77歳の男女6人と犬1匹。海上保安庁によると、77歳の男性は当初「犬がいるから島に残りたい」と避難を渋ったが、海上保安官が「犬も連れて行きますから避難しましょう」と説得したという。男性は飼い犬とともに巡視船に移ると、安堵(あんど)の表情を見せた。その後、ヘリで屋久島に移された。
≪黄土色に染まる海面≫
島中心部にある新岳で噴火が起きた口永良部島を29日午後、上空から見た。
鹿児島空港を離陸して40分余り。雲と真っ白な噴煙で隠れていた新岳の山腹が視界に入ってきた。緑の木々は灰色に染まり、所々で山火事がくすぶる。
海まで続く灰色の筋。火砕流は山林をのみ込み、海まで達したのだろう。島の南側一帯は海岸線までグレーに染まり、エメラルドグリーンの海面も一部が黄土色に変色している。
機内は時折、硫黄臭に包まれた。噴煙は600~700メートルの高さで南西方向に伸びていた。
本村港の岸壁では数十人が住民を避難させるフェリーの着岸を待つ。ヘルメットをかぶりスーツケースを転がす人、日傘を差した人、家族連れ…。上空から見た限り、島の人たちは落ち着いていた。(産経新聞写真報道局 鈴木健児、写真も/SANKEI EXPRESS)