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太平洋の激戦地・サイパン(下) 復活した「南洋興発」コーヒー

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太平洋の激戦地・サイパン(下) 復活した「南洋興発」コーヒー

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コーヒー栽培を復活させたマリアナスコーヒー農園。直射日光を嫌うコーヒーの木は背の高いビンロウに守られるように栽培されている=2015年4月26日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)  日本委託統治時代に南洋の開発に成功した国策会社「南洋興発」。本社はサイパン島に置かれ、サトウキビ畑と工場を結ぶ専用列車が南北にわたって敷かれた。主産業はサトウキビを原料とする製糖業だが、コーヒー栽培も盛んで、最高峰のタッポーチョ山を除き、全ての山がコーヒー山と呼ばれていたという。

 嗜好品だけに島内での消費はほとんどなく、1937年の260トンをピークに43年まで日本に輸出された。44年6月の米軍上陸でコーヒー農園は放棄され、荒れたままになったという。

 半世紀ぶりに2001年からサイパン島でコーヒー栽培を再開したのがチャールズ・ジョーダン夫妻だ。カリフォルニアから移り住んで34年が過ぎた。元建築家で66歳になる夫は「もう(人生の)半分以上になる。カリフォルニアに帰る気はないね」と笑う。

 夫妻の娘さんが大学で日本の歴史を学び、サイパン島でコーヒーが栽培されていたことを教えてくれた。タッポーチョ山に野生化したコーヒーの木を発見し、栽培に適した環境と確信した。

 自宅周辺に広がる農園には日陰を好むコーヒーのために背の高いビンロウを植え、害虫を食べる鳥を招くためにパパイヤを植えた。有機農法なのだ。苦労のかいあって2年前には半世紀の時を超えてコーヒー豆の輸出を実現した。

 ≪「ハワイのコナよりもずっとおいしい」≫

 ジョーダン夫妻の自宅はエメラルドグリーンの海を一望できる高台にある。居間の壁一面に大きなガラス窓。建築家の夫が設計した瀟洒(しょうしゃ)な部屋でコーヒーと美しい風景を毎日楽しむ。小学校、病院、メモリアルパーク…。海の手前に広がる平地には自身が手掛けてきた公共施設が点在する。

 ジョーダン氏は1974年からプランナーとしてヤップ島、マーシャル島の整備にかかわった後にサイパン島に移り住んだ。そしてコーヒー好きが高じて長らく途絶えていたコーヒー栽培を手掛けることになった。

 なかなか重労働のようだ。「次から次へとコーヒー木を移動しながらもいでいく。単純労働で楽なように思えるがとんでもない。何しろ広大なコーヒー山である…」

 ジョーダン氏が集めた資料コピーの中に日本委託統治時代の様子を記した箇所を見つけた。戦後編集された記念誌とみられ、戦後に沖縄県へ戻った男性が「コーヒー栽培に思う」と題してつづっている。

 統治時代からサイパン島に根付いたコーヒーの木は希少で、ジョーダン氏が市場に出す「マリアナス・コーヒー」もコスタリカ、ブラジル、コロンビアから輸入した生豆を自家焙煎したブレンド品が多い。サイパン産100%のコーヒー豆は高級品となる。

 ジョーダン夫妻は「ハワイのコナコーヒーよりもずっとおいしい」と誇らしげだ。「いまサイパンで採れた豆で作ったコーヒーは、南洋興発の時代のものとほぼ同じと思ってください」。ひきたての良い香りとともに目の前のマグカップにサイパンコーヒーが注ぎ込まれた。(文:産経デジタル 長浜明宏/撮影:カメラマン 佐藤良一/SANKEI EXPRESS

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