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「日本人でも金を取れる」 熱血漢が快挙 世界フェンシング 太田、初の世界一

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「日本人でも金を取れる」 熱血漢が快挙 世界フェンシング 太田、初の世界一

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男子フルーレ個人で優勝し、ガッツポーズを見せる太田雄貴=2015年7月16日、ロシア・首都モスクワ(ロイター)  2008年北京五輪のフェンシング男子フルーレ銀メダリスト、太田雄貴(ゆうき)選手(29)=森永製菓=が16日、モスクワで行われた世界選手権で金メダルを獲得した。日本勢の世界一は個人、団体の全種目を通じて史上初。20年東京五輪・パラリンピック招致にも尽力した熱血漢が快挙を達成した。

 際立つ多彩な攻め

 そわそわしながら表彰台の一番高い場所に立った太田は、まぶしく光る金メダルを首にぶら下げて君が代を聴いた。何度も挑みながら、はね返されてきた世界の頂。12年のロンドン五輪後に約1年間、試合を離れた男が、ブランクを乗り越えてついに駆け上がった。

 「今回は日本人でも金メダルを取れるということを証明したかった。それができたのはすごくうれしい」と万感の思いを語った。

 太田は準々決勝でロンドン五輪覇者の雷声(中国)、準決勝ではゲレク・マインハート(米国)をともに15-9で倒し、決勝はアレクサンダー・マシアラス(米国)を15-10で破った。

 守りを怠らず、多彩な攻めも際立った。「試合の中でも、攻防を随所に変えることができたのが非常に良かった」と自賛する納得の戦いぶりだった。

 マシアラスとの決勝では7-2から連続して5点を許し、追い付かれた。それでも豊かな経験を誇る日本の第一人者は動じなかった。丹念に剣を出して確実にポイントを重ね、栄冠をたぐり寄せた。日本協会の江村宏二強化副本部長も「剣が速く、瞬間的なひらめきがある」と舌を巻いた。

 招致の「顔」、リオ照準

 競技を一時離れて携わった五輪招致でも活躍した太田は、一選手の枠を超えた日本の顔だ。

 日本協会の斉田守専務理事は、太田が18歳で出場した04年アテネ五輪の頃のことを覚えている。「右も左も分からなくて、元気が良くて先輩たちにいじられて」。それでも「先を見据えていた。絶対俺はメダリストになるんだというイメージがあったと思う」と、大物ぶりを感じていた。

 その積極性が生かされたのが五輪招致活動だ。プレゼンテーションは3度登壇して熱弁を振るった。東京での開催が決まると、激しくガッツポーズして号泣した。

 「フェンシングをメジャーにする、というメダルだとは思っていない。それは五輪でやるべきこと」。30歳で迎える来年のリオデジャネイロ五輪に照準を合わせている。一方で、「今はリオで一区切りだと思っている」とも話し、集大成となる可能性も示唆した。

 今大会の優勝で個人の出場に道は開けたが、団体は中国や韓国との激しい出場枠争いが続く。「団体での五輪の金メダルをみんなで分かち合いたい」という大きな目標へ、歩みは止まらない。(共同/SANKEI EXPRESS

 ■おおた・ゆうき 京都・平安高(現龍谷大平安高)で高校総体個人3連覇。2004年アテネ五輪で個人9位。2008年北京の個人、12年ロンドンの団体で、五輪2大会連続の銀メダルを獲得した。世界選手権では10年に個人、団体で3位。171センチ、67キロ。滋賀県出身。

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