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【東芝不正会計】名門の重圧 ゆがんだ利益至上蔓延 発端は西田・佐々木両氏の対立

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【東芝不正会計】名門の重圧 ゆがんだ利益至上蔓延 発端は西田・佐々木両氏の対立

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会見には多くの報道陣が詰めかけた。名門企業のトップが経営をゆがめた代償は大きい=2015年7月21日、東京都内(AP)  「すべての利害関係者におわび申し上げる」

 東芝の田中久雄社長は21日夕、約400人の記者らに、深々と頭を下げた。田中氏は厳しい表情のまま、「利益至上主義、目標必達のプレッシャーなどが第三者委員会に認定された」と説明。そのうえで「経営責任を明らかにするため、社長を辞任する」と述べた。

 記者からは田中氏自身の関与について、質問が集中した。「重大な責任は私をはじめとする経営陣にある」と強調した田中氏だが、利益の水増しについては「直接指示した認識はない」と否定するなど、経営陣の問題意識については、まだ不透明な部分も残る。

 第三者委は2008年度から14年4~12月期までに西田厚聡(あつとし)相談役、佐々木則夫副会長、田中社長の3代にわたり、経営トップの指示で組織ぐるみの利益水増しが行われていたと認定した。

 その上で、東芝内部に蔓延(まんえん)した「利益至上主義」や、上司の意向に逆らえない「社内風土」が問題の原因と結論付けた。だが、そこには歴代の経営トップたちがなぜ、利益水増しに走ったかは記されていない。

 「財界総理」にこだわり

 リーマン・ショックの影響で、東芝は収益の柱の半導体事業が低迷し、08年度の決算に3435億円の巨額の最終赤字を計上した。当時社長だった西田氏は責任を取る形で、09年6月に佐々木氏に後を託した。

 会長となった西田氏は佐々木氏に業績向上を強く求め、会議の場で経営への不満を公然と口にしたという。一方、佐々木氏は西田氏への反発を強め、2人の関係は急速に悪化した。その反動からか、佐々木氏は現場に予算目標の達成の圧力を強めていった。西田氏の姿勢について東芝の有力OBは、「『財界総理』への執念が業績への強いこだわりにつながった」と語る。

 当時、日本経団連の副会長だった西田氏は、財界総理と称される経団連会長の有力候補とされた。経団連会長への就任の条件として業績向上は必須だった。東芝の利益至上主義はここから始まったともいわれる。

 「次を頼む」。日本経団連会長だった御手洗冨士夫現キヤノン会長兼社長は09年、西田氏に打診した。石坂泰三氏、土光敏夫氏に続く、東芝から3人目の財界総理の椅子は目前だった。

 しかし、当時、日本商工会議所の会頭に岡村正東芝相談役が就任していた。経済3団体のトップの2つを同一企業で占めることに財界から異論があった。

 そこで、東芝相談役の西室泰三・現日本郵政社長が説得し、西田日本経団連会長はなくなった。だが、西田氏は財界総理の椅子を諦め切れず、住友化学の米倉弘昌現相談役の次を狙っていたとされる。西田氏が後任社長の佐々木氏に業績向上を強く求めた背景はそこにあったともいわれる。

 「完全に狂っていた」

 佐々木氏は毎月各カンパニーのトップが社長に業績の進捗(しんちょく)を報告する「社長月例」と呼ばれる会議で部下を怒鳴り散らす光景が当たり前になっていった。当時、社長月例に同席していた幹部は「完全に狂っていた」と証言する

 11年3月には東日本大震災が起こり、原子力発電所が停止したため、ほかの事業に利益の上積みを指示する機会が増えていった。既にこの時には、上司に逆らえない社内風土が形成されていた。

 社内には佐々木氏の“悪評”が広がり、西田氏が事実上、更迭。西田氏は会長ポストを渡さず、佐々木氏は異例の副会長に棚上げされた。田中社長との交代会見で佐々木氏と西田氏はお互いを公然と批判し、対立は決定的となった。

 その後、経団連副会長に就任し、政府の産業競争力会議のメンバーも務めるようになった佐々木氏は、西田氏への対抗心から財界総理を狙っていたともいわれる。

 トップ就任の後ろ盾となった西田氏の目を意識したのか、田中社長も高い経営目標を掲げ、不適切会計に関わった。

 ライバル関係にある日立製作所の関係者は「財界に優秀な人材を送り込んだ東芝は常に業績が良く、名門企業の振る舞いをしなければならなかったのでは」と話す。名門企業ゆえのプレッシャーが経営者にのしかかり、利益至上主義が広がったとの見方だ。

 利益水増し問題で経営陣の多くが辞任し、財界総理を輩出してきた名門企業、東芝への信頼は失墜した。トップが経営をゆがめた代償は大きい。(SANKEI EXPRESS

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