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タリバン最高指導者・オマル師、13年に死亡 暴かれた秘密 アフガン和平停滞か

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タリバン最高指導者・オマル師、13年に死亡 暴かれた秘密 アフガン和平停滞か

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アフガニスタン東部のジャララバードで、当局に投降する前のタリバン兵士ら=2015年6月5日(AP)  アフガニスタン大統領府は29日、反政府武装勢力、タリバンの最高指導者、オマル師が2013年4月に隣国のパキスタンで死亡したことを確認したと発表した。タリバン指導部が伏せてきたトップの死亡が公となることで、内部統制が乱れるのは確実。アフガンで勢力を拡大する過激派「イスラム国」へのメンバー流出に拍車がかかり、さらなる治安悪化が懸念される。ガニ政権とタリバンとの和平協議の停滞も必至だ。

 協議の延期発表

 シュルツ米大統領副報道官は29日、オマル師の死亡情報は「信用できる」との見方を示した。

 アフガン大統領府は、オマル師の死亡を「信頼できる情報」に基づいて確認したと説明。全ての武装勢力に対し「この機会を捉えて和平プロセスに参加するよう求める」と呼び掛けた。

 だが、アフガン政府は31日に予定されていた直接協議を延期すると発表。一方、タリバンは、オマル師に代わる新たな指導者にアクタル・マンスール師を選出した。アフガン・イスラム通信が30日、伝えた。

 オマル師は1960年、南部カンダハル州に生まれた。80年代にムジャヒディン(イスラム戦士)として、アフガンに侵攻した旧ソ連との戦闘に従事。その際、右目を失った。垂れ下がる眼球を手で引きちぎり、血をぬぐった壁が「聖跡」として残されたという。

 独自の解釈に基づくイスラム原理主義で、内戦が続いていた90年代半ばに頭角を現し、瞬く間にほぼ全土を支配下に置いた。社会に秩序をもたらした“カリスマ”は一時、民衆から「救世主」と歓迎されたが、後の恐怖政治で多くの国民は苦難を強いられた。

 96年には宗教上の最高指導者を意味する「アミル・モミニーン」に。タリバンは支配地域を広げ、イスラム教の厳格な適用を掲げて宗教警察を使った恐怖政治を敷いた。

 反タリバン勢力との戦闘も続き、国土は荒廃。多くの難民が生まれ、国民は飢餓にあえいだ。2001年3月には中部バーミヤンの大仏を破壊し、世界から非難された。

 4月には「伝記」公表

 オマル師は01年9月の米中枢同時テロを首謀した国際テロ組織アルカーイダの指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者=11年5月に米軍が殺害=とも姻戚関係を結ぶなど「二人三脚」の関係にあり、同時テロ後はビンラディン容疑者をかくまったとして米国が行方を追っていた。

 国際的な孤立を深めるなか、オマル師は01年10月に始まった米英軍のアフガン攻撃に対して徹底抗戦を呼び掛けたが、タリバンは同年12月に南部カンダハルを撤退し、政権は崩壊した。

 オマル師は人前に姿を見せることがほとんどなく、素顔は謎に包まれていた。政権崩壊後は消息を絶ち、隣国のパキスタンに潜伏している可能性や死亡説などさまざまな臆測が流れた。

 今年4月には「伝記」を公表して健在ぶりをアピールしたほか、今月15日にもオマル師の名前で声明を発表したばかりだった。(共同/SANKEI EXPRESS

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