SankeiBiz for mobile

イスラムだけが知っている世界舞台 そろそろ欧米中心型歴史観からの脱出へ 松岡正剛

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

イスラムだけが知っている世界舞台 そろそろ欧米中心型歴史観からの脱出へ 松岡正剛

更新

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 イスラム関係の本は200冊か300冊を読んできた。最初はイスラム教って何なのだろうかと思い、そのうちモスク建築やカリグラフィックデザインやアラビア数学やスーフィズムの独創性に惹かれ、それから歴史家イブン=ハルドゥーンや旅行家イブン・バトゥータを読み、ついで『クルアーン』や『アラビアン・ナイト』(千夜一夜物語)に目を通した。そのあいだに、マホメットはムハンマドと、コーランはクルアーンと日本語表記が変更されるようになっていた。

 その後、カリフ制度の絶対性を知り、「知恵の館」がおもしろくなり、独特の利子システムをもつイスラム経済が気になると、なぜ周辺民族がことごとくイスラム化していったのか、いったいウマイヤ朝、アッバス朝、モンゴル帝国、中国の元朝、ティムール帝国、オスマン帝国とは何だったのか、どうしてマリ帝国やスンニ朝やムガール帝国ができたのか、あれこれ気になってきた。イスラム国家というもの、その土地領域ごとに王朝が換骨奪胎されるのだ。そんな関心が募ってきた頃、イスラム過激派が次々に名のりを上げるようになったので、ぼくのイスラム熱もリアルな沸点に直面させられた。

 「イスラーム」とは唯一絶対の神(アラビア語でアッラーフ)を信仰し、最後の預言者ムハンマドを通して下された聖なる『クルアーン』の教えに従うことをいう。神への奉仕を重視し、偶像崇拝を禁じ、ウンマ共同体の信徒(ムスリム)どうしの連帯感を優先する。世界に16億人がいる。

 ムスリムは信仰と行為を強靱に結びつけてきた。六信は神(アッラー)、天啓(マラーイカ)、啓典(クトゥブ)、使徒(ルスル)、来世(アーヒラ)、定命(カダル)、五行は信仰告白(シャハーダ)、礼拝(サラー)、喜捨(ザカート)、断食(サウム)、巡礼(ハッジ)だ。16億人のムスリムがこれらの誓いを徹底して今日にまで守ってきたのは、世俗化が著しいキリスト教や仏教などに較べ、驚くべきことだ。

 しかし一方、イスラム史は波瀾万丈なのである。とくに4代カリフのアリーを境いに、カリフはムハンマドの子孫であるべきだというシーア派と、カリフは互選されるべきだというスンニ派が対立したのが大きい。これはシーア派イランとスンニ派サウジアラビアの大対立から、各地の集団の小対立にまで及んだ。宗教的な対立ではない。ガバナンスの違いだ。それでも両派ともに聖戦(ジハード)を辞さないのは、そもそもムハンマドが聖戦によって「信仰の社会化」をもたらしたからだった。

 いま、中東や北アフリカや西アジアではイスラム過激派の活動が続行中である。タリバン、IS、ボコ・ハラムなど、想像を絶する自爆テロを辞さないままにある。その実態はかなり複雑で重層的で、容易に説明がつかない。網の目型のネットワーク軍団であるからだ。だとすると、イスラム過激派こそはSNS的なのである。このこと、もっと考えてみたい大問題だ。

 【KEY BOOK】「歴史序説」(全4巻、イブン=ハルドゥーン著、森本公誠訳/岩波文庫、972円、在庫なし)

 イブン=ハルドゥーンは「アラビアのモンテスキュー」で「イスラムのヘーゲル」だ。14世紀の中東・北アフリカ・グラナダを動いて、多くのスルタンたちを感服させた。文明を生態的に観察し、社会の本質が労働と所得と商品によって構成されていることを見抜いた。砂漠のテントで生活していたかと思うと、クーデターに加担し、宰相として宮廷に君臨するかと思えば、深い歴史洞察に耽ったのである。

 【KEY BOOK】「イスラームの歴史」(全3巻、ジョン・エスポジト編、坂井定雄監訳/共同通信社、各4104円)

 オックスフォード版のイスラーム史集大成である。3冊すべてが図版も豊富なので、全貌が通史的に見える。イスラム史を知ると、西洋中心の世界史の流れが一変する。世界を西アジアと中東をコンパスの中心にして眺められるからだ。とくにモンゴル、トルコ、マグリブ(北アフリカ)、イベリア半島、東欧の歴史観が一挙に立体的になる。宮崎正勝の『世界史の誕生とイスラーム』などを併読するとよい。

 【KEY BOOK】「イスラム経済論」(加藤博著/書籍工房早山、2948円、在庫なし)

 何冊かを通してイスラム経済社会の構成や特色を見ていたが、本書がやっと蝶番(ちょうつがい)をわからせてくれた。リバー(利子)の禁止の意味、シャリーア(イスラム法)が決めた無利子銀行のしくみ、銀行が顧客から預かった資金を分配するムダーラバ、銀行と顧客が共同経営をするムシャーラハ、銀行が顧客に代わって商品購入をするムラーバハ、リースをつかさどるイジャーラなど、興味深い。21世紀資本主義が学ぶ点も少なくない。

 【KEY BOOK】「北緯10度線」(イライザ・グリズウォルド著、白須英子訳/白水社、3240円)

 北緯10度線はアルジェリア・リビアとナイジェリアを分け、スーダンとエチオピアを分け、サウジアラビアとソマリアを分け、インドとスリランカを分け、タイ・カンボジアとマレーシア・インドネシアを分け、北米と南米を分断する。このラインは信仰の断層線なのだ。キリスト教とイスラム教の潮流が数百年にわたってこの断層線をまたがって対立し、抗争し、混成していった。本書はその痕跡を現在に探った画期的なルポルタージュ。意外な歴史を知らされる。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。イスラムにはだいぶ前から注目している。第1395夜加藤博『イスラム経済論』、第1396夜ハミルトン・ギブ『イスラーム文明史』、第1403夜宮崎正勝『世界史の誕生とイスラーム』、第1578夜ロレッタ・ナポリオーニ『イスラム国-テロリストが国家をつくる時』ほか。(http://1000ya.isis.ne.jp/

ランキング