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母が教えた美しさと悲しみの気配 紫陽花や朝にゆうべを知りぬるを 松岡正剛

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母が教えた美しさと悲しみの気配 紫陽花や朝にゆうべを知りぬるを 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 端午の節句と母の日が続いて五月の子供はそわそわする。けれどもわが家はあまり子供用の遊びに阿(おもね)るということがなく、子供の日は柏餅を食べ、新聞紙の兜で遊んだあとは菖蒲湯に入る程度で、どこかへ出掛けることはめったにない。母の日も毎年ぼくが母に立派な卵焼きをつくるだけ。カーネーションなど贈らなかった。

 ぼくの母は「きく」(貴久子)という。京都の呉服屋の大店(おおだな)の娘で、賑やかなことよりも静かなことが、生活よりも芸術が、未来よりも昔が、油絵より水彩が、山よりも庭が、ラジオやテレビよりも本のほうが、炒めものより酢のものが、チューリップより山吹や萩が好みだった。少しでも時間があると茶の間で古典や有吉佐和子を読むか、俳句をつくっていた。「紫陽花や朝にゆうべを知りぬるを」。

 母がぼくにもたらしたものは、いろいろだ。鉛筆の削りぐあい、字の間架結構、言葉づかい、花の美しさ、水のきらめき、百人一首、お礼の気持ちなどは、教えられるというよりも、母の好みに従いたくておぼえた。母は九条武子や武原はんのような美しい女性とその仕草が大好きなのだが、そのせいでぼくの女性の好みも決まったようなもの、おかげであとから変更するのに往生した。

 子供に何かを問いただすようなこともしなかった。寂しがったりがっかりしていると、一緒に寂しがったりがっかりしてくれた。話は長くなかった。そのかわりさまざまな由緒を挟んでくれた。女学校時代にラジオドラマ・コンクールで優勝したほどの文才の持ち主だったが、それをひけらかすこともなく、ぼくが晩年に小説や戯曲の執筆を促しても決してそれに乗ってくれなかった。

 母は「本」と「歌」によってぼくの最もナイーブなところを形づくったようだ。本は絵本時代の『クリのおてがら』『日本一づくし』、3年生前後の石井桃子『ノンちゃん雲に乗る』、バーネット『小公子』『小公女』、壺井栄『柿の木のある家』『母のない子と子のない母と』、4年以降の『紅はこべ』『海底二万哩』『三国志』『砂漠の女王』『名探偵ホームズ』などが懐かしい。よくよく選んでくれたのだろう。

 歌はたいてい母が「こんな歌があるんえ」と言って唄って聞かせてくれた。童謡や唱歌が多く、それも「はかない」「かなしい」「なつかしい」ものばかり。「花嫁御寮はなぜ泣くのだろう」「叱られてあの子は町までお使いに」「お嫁にいらした姉さまに」「雨はふるふる城ヶ島の磯に」「ちんちん千鳥の鳴く夜さは」「異人さんに連れられて行っちゃった」…。これを聴きながらぼくは泣くのである。

 母は気持ちをこめた無常感と淡々とした寂静感(じゃくじょうかん)を生涯にわたって保っていた人だった。困ったことがあっても「かなんなあ」と言うばかりで、松岡呉服店が倒産しても悲嘆するわけでもなかった。つまりは「うつろひ」にいた人なのである。蒲団に入るとゆっくり「なまんだぶ、なまんだぶ」(南無阿弥陀仏)を唱え、いつのまにか寝入っていた。

 【KEY BOOK】「ノンちゃん雲に乗る」(石井桃子著/福音館書店、1296円)

 この本は決定的だった。ノンちゃんが木に登ってひょうたん池に落ち、そのまま夢うつつで雲上の家族や友達と遊ぶというたった一日の話なのだが、そうなったのはお母さんとお兄ちゃんが自分に黙って出掛けたからだった。でも木の上から池を覗くと雲がふわふわ映っていたのだ。映画も決定的だった。鰐淵晴子のノンちゃんに憧れ、お母さんの原節子に憧れた。母とは顔も東京弁も似ていなかったが、その気品と気配がぼくを擽(くすぐ)ったのである。

 【KEY BOOK】「母のない子と子のない母と」(壺井栄著/偕成社文庫、756円)

 『二十四の瞳』の壺井栄の名作中の名作。やはり小豆島が舞台で、戦争で夫と一人息子を亡くしたおとらおばさんと、病気で母を亡くした一郎・四郎の兄弟が傷ついた心をもちながらも互いに助けあい、励ましあっていく話だ。ぼくはこの頃すでに「傷」をもった心のほうに惹かれるようになっていた。ほかに『柿の木のある家』『坂道』『月夜の傘』『港の少女』など壺井作品はどれも絶品。身寄りのない主人公が多い。夫は詩人の壺井繁治。

 【KEY BOOK】「小公子」(フランシス・バーネット著、若松賤子訳/岩波少年文庫、864円)

 母と二人暮らしの美少年セドリック・エロルが、実は伯爵家の落とし子だったかもしれないという数奇な運命をめぐって、母との間を何度か裂かれそうになる日々が揺れ動く。明治23年に若松賤子が訳出した。バーネットにはセーラ・クルーの意外なセレンディピティを描いた『小公女』、植民地下のインドの屋敷の庭園に魔法を見いだすメアリーとコリンの物語『秘密の花園』もあって、少年少女の必読の名作になっている。

 【KEY BOOK】「紀ノ川」(有吉佐和子著/新潮文庫、637円)

 わが家には文芸誌が毎月回覧雑誌で何冊か届くようになっていた。母はそれがたのしみでよく読んでいた。『紀ノ川』については連載中から「これは上手な話やなあ」と感嘆していた。紀州九度山の家霊のような祖母の花、侠気がみなぎる母の文緒、出版社に勤めた娘の華子の三代が、どんな小さな流れも呑み込む紀ノ川のように、周囲の男たちを次々に取り込んで生き抜いていくという話だ。母の思い出の記念として、あえてここに紹介しておくことにした。(編集工学研究所所長、イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 1944年1月25日生まれ。父・太十郎、母・貴久の長男として京都冨小路の横田病院に生まれる。父は滋賀県長浜出身で呉服商を営み、母も京都の呉服商「殿定」の娘だった。「正剛」の名前は前年末に自決した中野正剛にちなんでつけられた。「松岡正剛の千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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