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世界で最も美しくて最も恐ろしい方程式 アインシュタインが生み出した原爆と原発の原理 松岡正剛

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世界で最も美しくて最も恐ろしい方程式 アインシュタインが生み出した原爆と原発の原理 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 マライア・キャリーの2008年のアルバムに「E=mc2」がある。「イー・イコールズ・エムシー・スクウェアード」と読む。全米ナンバーワンのヒットになった。むろん世界で最も有名で、かつ最も恐ろしいアインシュタインの方程式をタイトルにしたものだが、実は彼女のイニシャルをもじってもいた。

 19世紀末、物理学者たちは大きな謎に直面していた。物質と光の関係はどうなっているのかという問題だ。二つの力学が重ならないのだ。ニュートンは物質が運動するとどうなるかを解いた。マックスウェルは光(電磁波)がどんな力をもつのかを解いた。けれども光が地球に対してどんな運動をしているのかを説明しようとすると、この二つはうまく重なってはくれない。

 そこで、地球のまわりには「エーテルの風」というものが吹いていて、光や電気はその媒質の影響を受けてニュートンの力学を満足させていると考えてみた。ところがマイケルソンとモーリーという二人の科学者が特別な装置を考案して計測してみたところ、「エーテルの風」など吹いていなかったのである。

 それどころか、フィッツジェラルドやローレンツらは、物質(物体)が光の速度に近づくにつれ、なんらかの変形や変化がおこっているのではないかと言い出した。当時、最高の科学哲学者だったポアンカレも、時間は絶対的ではないだろうから、局所時間とでもいうものを考えたほうがいいと提案した。

 そんな議論が沸騰していた1905年の6月、ドイツの電気技師出身の青年アインシュタインが『運動する物体の電気力学について』という論文を発表した。そこには「光の速度はすべての慣性系で等しい」(光速度の不変)、「質量の運動はエネルギーに変わる」(質量とエネルギーの等価性)、「静止した観測者が運動している時計を見ると、時間が遅くなっている」(時間と空間の相対性)といったことが、シンプルな数式の展開をつかって説明されていた。特殊相対性理論とE=mc2の誕生を告げる論文だった。

 E=mc2では、Eはエネルギー、mは質量、cは光速度をあらわす。何を示しているのか、あえて日常語でわかりやすく説明すれば、「物質(物体)が運動して光の速度に近づけば、そのエネルギーはだんだん最大に向かっていく」というふうになる。もうちょっと科学的にいえば「質量はエネルギーに変わりうる」となり、さらにはっきりいえば「質量には膨大なエネルギーが閉じ込められている」というふうになる。

 やがて、この方程式は驚くべきことを暗示していることが判明した。たった一個の陽子が中性子に変わってもエネルギーの拡張がおこるのだとすれば、その転換を連続的におこしさえすれば、人工的な核分裂や核融合によって莫大なエネルギーを放出させることが可能である、そういう原子力利用や原子力爆弾ができるということが見えてきたのだった。E=mc2は原爆と原発をつくりだしたのである。

 そんなことは露知らず、特殊相対性理論のあと、アインシュタインは時空構造の特徴を思索して、一般相対性理論の構築に向かった。これは物質と重力と時空の意外な関係を解き明かしたもので、重力によって時空間に曲がりや歪みが生じるというものだった。特殊と一般。どちらもとんでもない発見だった。大学3年のとき、禅と相対性理論を一緒くたに感じようとしていた“青い春”が懐かしい。

 【KEY BOOK】「わが相対性理論」(アインシュタイン著、金子務訳/白揚社、810円、在庫なし)

 文系の諸君にとってはアインシュタインを読むなんて、どれほど難解なのかと思うかもしれないが、決してそんなことはない。中身は相対性理論についてのことだから、その理解の度合いが試されるのは当然だが、文章がよくできているので、アインシュタインがどのように発想を構想に転換していくのか、どんな比喩をもってこようとしたのかを追っているだけでも、存分に堪能できるのだ。騙されたと思って、本書を読みなさい。

 【KEY BOOK】「相対性理論を楽しむ本」(佐藤勝彦著/PHP文庫(河出書房新社)、514円)

 世の中にはゴマンと相対性理論の解説本が出回っているが、なかなかこれ一番という本がない。しかし、本書はかなりすばらしい。かなりわかりやすい。ぼくが敬愛する佐藤勝彦さんが説明しているからだ。佐藤さんはインフレーション理論の提唱者だが、極大の宇宙にも極小の世界にも通暁しているだけでなく、その説明の展開に手を抜かない。そのくせゼッタイに通俗的な解説でお茶を濁さない。とくに特殊相対性理論の説明が画期的。

 【KEY BOOK】「なぜE=mc2なのか?』(柴田裕之訳/紀伊国屋書店、2376円)

 E=mc2を基本において、相対性理論の成り立ちやその周辺の仮説や理論を理解するのには、最も適確なアプローチをしている本だ。理屈っぽくはない。充分に「読ませどころ」も散りばめてある。特殊相対性理論は時間と空間を相対的に見る必要があるということ、物質の運動の観測には二つ以上の座標系がともなうこと、このことがわかる必要がある。この本はそこを氷を溶かすようにラクにしてくれる。

 【KEY BOOK】「世界でもっとも美しい10の物理方程式」(ロバート・P・クリース著、吉田三知世訳/日経BP社、2808円)

 E=mc2がどうのこうのという前に、数式とか方程式がどういうものかが分からないと、どうも気持ちが悪いという諸君には、この本を奨める。ピタゴラスの定理、ニュートンの運動式、万有引力の法則、マックスウェルの電磁場方程式などをへて、ばっちりE=mc2に導いてくれる。さらにオイラーの等式、熱力学第2法則、重力場方程式、波動方程式などをちゃんと案内しているのが、筋のいいところだ。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

 ■E=mc2(2乗) 特殊相対性理論の帰結として発表された式。エネルギーと質量は、質量に光速の2乗を掛けたものとエネルギーが等しくなるという関係で、互いに変換可能である。Eはエネルギー、mは質量、cは光速度をあらわす。

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