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社会はなぜ左と右に分かれるのか ジョナサン・ハイトの御提案 松岡正剛

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社会はなぜ左と右に分かれるのか ジョナサン・ハイトの御提案 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 「鏡に映った像はなぜ左右は逆になるのに、上下は逆さまにならないのだろうか」。この問いに答えるのはけっこう難しい。自然界とわれわれの知覚にひそむ対称性のことを探検しなくてはならないからだ。ぼくは世界一の数学ディレクターだったマーティン・ガードナーの『自然界における左と右』に導かれて、やっと“真相”に到達できた。そこには時間の不可逆性から素粒子のパリティ(対称性)問題までが待ち伏せていた。

 われわれの身体感覚に左右の区別ができたということも、けっして簡単ではない。脳が左右の半球に分かれ、目や耳や両手や両足や肺や腎臓が左右一つずつだということなど、いろいろ候補原因を総動員させる必要がある。そのうえで人類は「右利き」派になったのだ。

 では、ナイフとフォークの左右化や、背広やブラウスや着物の合わせ方の左右の優位性や、「右向け右」や左ハンドル右ハンドルなどは、どうやって決まったのか。社会や生活での左右の決まり方は、実は歴史と民族の慣習による。たとえば日本の朝廷では大臣は左大臣のほうが右大臣より上なのだ。中国ではしばしば「吉事尚左、凶事右」とも言う。

 しかし変なのは、思想や政治傾向に左寄り、右寄りがあることだ。もともとはフランス革命やイギリス議会で対立しあう党派が左翼と右翼の位置を占めたことからこんなネーミングになったのだが、そのうち、進歩主義・社会自由主義・社民主義・社会主義・共産主義が「左」の連中で、保守主義・民族主義・王権主義・国家主義・ファシズムなどが「右」の連中ということになった。そうなると、このどちらにも片寄らないでいようとする連中は「中道」とか「リベラル」とかとみなされるようになった。

 どうやらわれわれの社会心理のどこかに、意見や行動や価値観を左右に分けたがる「むらむら心」があるようなのだ。しかし、なぜそうなってしまうのか。ジョナサン・ハイトの『社会はなぜ左と右に分かれるのか』という本は、その「むらむら心」の正体を追って、今日の道徳観の多発性の実態に分け入り、いったい選挙や勢力争いで、なぜリベラルが左右のいずれの極端派に勝ちにくいのかを分析した。「むらむら心」の正体は「正義」や「正当性」がどのように生じるかということにまつわっていたのである。

 それにしても人間というもの、あいかわらず左をとるか右をとるかに迷っている。今夜もまたレストランやバーでどちら側に坐るのか、諸姉諸兄もたいてい迷っていることだろう。ぼくは電車に乗ってきた女子生徒たちが何度も左右を入れ替えて坐るのを見て、これは雀だなと思ったものだ。ああ、なんとも左と右は難しい。

 【KEY BOOK】「新版・自然界における左と右」(マーティン・ガードナー著、坪井忠二ほか訳/紀伊国屋書店、3670円)

 ぼくが「左と右」の問題に開眼させられた本。この本に出会っていなかったら、わが科学読書の系譜はかなり陳腐なものになっていただろう。自然界にはCPTという基本的な対称性の原理がひそんでいる。電荷、パリティ、時間の3つだ。この3つがさまざまに絡んで、この世界の多様性を混乱させないようにしてきた。ガードナーが素粒子のベータ崩壊の実情を書いていなかったら、今日のぼくなんてありえない。

 【KEY BOOK】「対称性の破れが世界を創る」(イアン・スチュアート&マーティン・ゴルビツキー著、須田不二夫ほか訳/白揚社、4104円、在庫なし)

 自然界の根本を知る絶好の本。銀河の渦巻からトラの縞模様まで、鉱物の結晶からカオス理論まで、対称性生成の一部始終が手にとるようにわかる。しかし、もっと根本を知りたかったら、南部陽一郎が仮説した「自発的な対称性の破れ」の考え方に突入するべきだ。そこには宇宙が創られた根本の根本が書いてある。一方、対称性をめぐるロマンを感じたければ、寺田寅彦を読むといい。とても気持ちがよくなる。

 【KEY BOOK】「社会はなぜ左と右にわかれるのか」(ジョナサン・ハイト著、高橋洋訳/紀伊国屋書店、3024円)

 現在のアメリカでは極端な政治過程の二元化がおこっている。どんなにリベラルな政策や見解が出ても、事態はたいてい左と右に大きく分かれてしまう。おまけに現状のアメリカ人の政治意識を調査してみると、どんな民主党のキャンペーンも共和党支持者の心を動かさないことがはっきりしてきた。

 なぜこんなことになってしまうのか。本書はその理由と社会感情が左と右に分かれて中道化しなくなっていくプロセスとを、道徳タイナミックスや道徳マトリックスを駆使して解こうとしたものである。著者はニューヨーク大学ビジネススクールで道徳心理学の教授。いま、最もノッている学者さんだ。ハイトは人間社会で対立がおこる起源を追走するために、進化学、サル学、脳科学、文化人類学、心理学などの成果を巧みに組み合わせて、政治も社会的な価値観も必ずしも理性的に形成されてはいないことを突き止めた。そのうえで合意と決断の形成プロセスに新たな光を当てた。意外な結論だ。比喩もうまい。前著『しあわせ仮説』とともに読まれるといい。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛(せいごう)/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.is is.ne.jp/

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