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結び目があらわす日本文化の真行草 日本の神さまは何かに結ばれて里山にやってくる 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
「おむすび」も「結納」もムスビだ。注連縄(しめなわ)にも横綱にも水引にもムスビが強調されている。
ヨーロッパやアジアにも結髪文化やリボン文化やローピング文化はあるものの、日本ほどにムスビを重んじてきた国はない。なにしろ昆布巻きから島田の髷(まげ)まで、風呂敷から帯まで、御神籤(おみくじ)から香典袋まで、なんだって結んでしまうのだ。「結論」「結果」「結局」「結婚」という言葉だって、結んだうえでのゴールなのである。
ムスビの語源はそもそも「ムス・ヒ」に由来する。ムスは産出するの意味、ヒは日本人が古来から大事にしてきたスピリットのことをいう。ヒを産み出すこと、ヒが産み出せる状態を用意すること、それがムスビなのだ。だから古代は「産霊」と書いてムスビと読んできた。だからこそ神聖な場所を「結界」することも、大事な人と関係を交わす「結縁」(けちえん)も、すばらしい構えを評価する「結構」も、同士が誓いをたてる「結社」も、いずれも結びの成果なのである。
日本人がこれほどムスビを重視してきたのには、明確な理由がある。日本のカミは外からやってくる外来神であり、客神だったからだ。ホストの神ではなくゲストの神なのだ。おまけに、いつやって来るかもわからないし、一神教のようには姿がはっきりしない。そこでカミが降臨したり来臨したりするだろうところに、目印の依代(よりしろ)を立て、そこを結界して注連縄や幣(ぬさ・みてぐら)などを結んだのである。これが神社のおこりでもあった。ムスビは神祇のしきたりから生じていったのだ。
それにしても、その結び方や結び目たるや、なんとも多彩、なんとも多様で美しい。その紐(ひも)も美しい。おまけに結びには「三輪(みつわ)結び」「あわび結び」「掛帯結び」「相生(あいおい)結び」など、百種をゆうにこえる結びがあって、それらが真行草の3段階の見せ方をもっている。「あわび返し」なんて結びもある。まことに華麗、まことに優雅だ。
こんなふうに日本の結びを発達させ、維持させてきたのは有職故実(ゆうそくこじつ)のおかげだった。これは奈良末期から平安の延喜天暦の期間に朝廷が「格式」を徹底して組み立て、そこに儀式や行事のルールとツールを事細かに記載したせいだ。それが朝廷行事から公家文化へ、さらに武家文化・町人文化に広まったのである。これからは神社の飾りや和菓子の包みを見ても、水引を見ても、先達たちの有職故実を想うことをお奨めする。
本書によってこれまで脇役扱いだった結びの文化が初めて世に広がっただけでなく、日本が「結びの国」であることを多くの者が説明できるようになった。それまで結び方や結び目のことは有職故実に詳しいか、専門家でなくてはわからなかったのだ。ただし本書は啓蒙をめざしたためにいささか網羅的で、結びであればなんでも採り上げていて、やや拡散する。もう少し本気に学びたいのなら同じ著者の『結び』や有職故実に関する本を当たったほうがいい。
ムスビは「産霊」と書く。日本の神話はタカミムスビの神とカミムスビの神らの指示によって始まっている。つまり日本は神々によって結ばれて生まれたヒの国なのだ。本書は結び方のすべてを案内したもので、日本人が鏡餅から垣根まで、髪結びから紐結びまで、いかに徹底した「美の合理性」を追求してきたかが手にとるように見えてくる。ただし、その根拠や由緒については詳しくない。それを知るには「有職故実」を紐解いてほしい。
有職とは過去の先例に関する知識のこと、故実とは公私の行動と意匠に関する是非の規範のこと。これらに長じた者を有職者という。『弘仁格式』と『延喜式』によって、有職故実の基礎はほぼ確立した。「律・令・格・式」の格と式とを網羅したもので、ほぼ大半の儀礼や行事や飾り付けのルールとスタイルとパフォーマンスの方法や意匠が細部までわかる。いわば「おもてなし」の原典と言っていいだろう。江馬務はその大研究者。
上巻で官職・位階、内裏・大内裏、儀式典礼、年中行事を、下巻で服飾、飲食、殿舎、調度・興車、甲冑・武具、武技・遊戯を扱っている。上巻で皇族にまつわるルールがほぼわかり、下巻で公家と武家と神社が守っている「結び」のあらかたがわかる。有職故実がわかってくると、日本のしきたりのあらかたが見えてくる。本書はわかりやすく、巻末索引もついているので、とくにイベントプロデューサーやデザイナーが読んだらどうか。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)