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いま、いったい誰が代表的日本人なのか 内村鑑三の『代表的日本人』を継承する 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
20年ほど前、内村鑑三は『代表的日本人』という本の中でどんな日本人をとりあげたと思いますかと、大学の授業で尋ねてみたことがある。一人も答えられなかった。その4年後、NHKで『おもかげの国・うつろいの国』という8回番組をナビゲートしたときも、同じ質問を視聴者に投げてみた。反響はあったが、正答率はまことにお粗末なものだった。
内村があげた代表的日本人には、この5人にこそバプテストのヨハネに匹敵する洗礼を受けたという人士が上げられている。誰だかわかるだろうか。日蓮・中江藤樹・二宮尊徳・上杉鷹山・西郷隆盛だ。ほかにも法然・蓮如・仁斎・徂徠・宣長なども併記されていた。内村は明治を代表するキリスト者だった。その内村がこの日蓮以下の日本主義的な5人を選んだのだ。これこそきわめてグローバルな視点だった。
7年後、NTTエデュケーショナルに頼まれて、ぼくが選ぶ「新代表的日本人」をシリーズ講義仕立てのビデオにすることになった。それなら、内村や岡倉天心や新渡戸稲造をはじめとする明治の日本人の生き方や考え方を浮き彫りにするのがいい、そこに21世紀の今日にも通じる日本人の原像が浮かび上がってくるようにしたいと思った。
さっそく制作にかかり、幕末維新から起こして柳田国男・与謝野晶子・柳宗悦あたりまで仕上げたところで、NTTエデュケーショナルが解体してしまった。お蔵入りだった。残念だったが、ごく最近、そのシリーズが編集工学研究所によってDVD4枚組として蘇った。
ぼくがこのシリーズ『新代表的日本人』のなかで大事にしたことは、「菊」(天皇)と「葵」(将軍)の関係を読み切ったのは誰だったのか、日本に欧米グローバリズムを導入したのは誰だったのか、日清・日露・韓国併合・満州進出を促進してアジア外交のシナリオを書いたのは誰だったのか、そして、日本文学や日本画や日本工芸の本質を見極めたのは誰だったのか、といった問いに答えることだった。
ただし、これらは「鍵穴」なのである。いまでもこの鍵穴は沖縄基地問題や東アジア外交問題として継続されている。しかし、このような鍵穴に問題がうずくまっていると見抜くには、この鍵穴にいろいろな鍵を差し込んで問題の意味をぐりぐり深めた人物たちにも目を向けなければならない。明治期なら、たとえば兆民、たとえば蘇峰、たとえば漱石、たとえば天心、たとえば啄木だ。
日本を人物史で語ることは、そんなに難しくない。けれども鍵穴を開けた人物たちと、そこに鍵を差し込んだ人物は、必ずしも一致しない。ぼくは、新たな代表的日本人たちは、これらを組み合わせられる人士たちだろうと思っている。新代表的日本人とは新たな日本人複合体のことなのである。
この本は痛快、かつ深い。二つ、要訣がある。ひとつは、グローバルなキリスト教な視点で日蓮や藤樹や尊徳らの東洋思想を解読しているところだ。もうひとつは、内村自身が日本独特の感覚と欧米的キリスト教を融合して掴まえようとしているところだ。内村には「2つのJ」という見方があった。ジーザスのJとジャパンのJを同時に見据えて生きるという覚悟のようなものだった。内村はここに両足を踏ん張って、日本が「ボーダランド・ステート」(境界国家)になるべきだと予見した。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)
松岡正剛の監修・出演によるDVD『新代表的日本人』は4枚組。興味のある向きはhttp://www.eel.co.jp/nihonnokihon/へ