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ドリトル先生はぼくの伯父さんだった 動物語がしゃべれると、世界は俄然一変する 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
いまは映画もテレビもマンガも「動物もの」で溢れているが、ドリトル先生のシリーズほど、愉快で、けったいで、おもしろくて考えさせるものはない。
ヒュー・ロフティングがイギリスの田舎バドルビーに住むドリトル先生を主人公にした『ドリトル先生アフリカゆき』を書いたのは1920年だ。ロフティングは第一次世界大戦に従軍し、軍用馬の射殺処分を見て心を傷め、この体験から獣医師のものを思いついた。
先生はある日、オウムのポリネシアから、どんな動物にもちゃんとしたコトバがあるんだと教えられ、動物語の研究にいそしんだ。この噂が世界中の動物たちに伝わって、ドリトル先生のところにいろいろな風変わりな動物たちが次々にやってきた。
メスのアヒルのダブダブはお節介焼きなので家政婦役を買ってでた。フクロウのトートーはとても知恵があるので参謀役になった。犬のジップは助手になり、ホームレスの犬たちの面倒を見た。ブタのガブガブはトリックスター役に徹した。胴体の前後にそれぞれ頭がついているオシツオサレツは、なぜかいつもはにかんでいて、ぼくの特別なお気にいりだった。
ドリトル先生シリーズは12冊ある。いずれもロフティング自身の軽妙な線画による挿絵が付いていて、ほのぼのとさせるとともに、動物たちとの微妙な「間(ま)」を感じさせる。シルクハットをかぶっているのが、また律義でご愛嬌なのだ。
ぼくが夢中になったのは、岩波少年文庫では7・8・9巻の『ドリトル先生と月からの使い』『月へゆく』『月から帰る』だった。先生が発明した聴音器で診察してるうちに、大きなガがやってきて、自分は月からやってきたと言うので、ええいままよとその背中に乗って月に冒険することにしたというお話だ。この巨大ガは「バンプルリリイ」という名で、ぼくはオシツオサレツについでちょっと恋をしたかもしれなかった。
日本語のドリトル先生を訳したのは井伏鱒二である。1940(昭和15)年のこと、『ノンちゃん雲にのる』の石井桃子が文芸春秋社をやめた退職金で白林少年館をつくり、その第1弾にドリトル先生を選んだ。下訳を自分でやったのち、当時近所に住んでいた井伏鱒二に仕上げを頼んだのが、そのまま井伏訳シリーズになったという経緯だ。石井はその後「かつら文庫」という貸本型の自動図書館をつくったが、そこで一番読まれたのはやっぱりドリトル先生だったという。
ところで、アメリカでは全巻が出ていない。黒人の扱いに問題があるというのが理由だ。日本での「ちびくろサンボ」や「ダッコちゃん」の運命を辿ったのである。いささか残念だ。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)
医者のドリトル先生は動物が好きなので、家と診察室でもいっぱい動物を飼っている。ところが患者のおばあさんがハリネズミの上に座って大騒ぎになったりするうちに、人間が寄り付かなくなった。貧乏になった先生はそれでも動物語の研究に熱中する。その噂が噂を呼んで、先生は動物たちと会話をするようになる。第1巻はアフリカのジョリギンキ国と猿の国の冒険譚。猿の国から贈られたのがオシツオサレツだった。
第2巻は、貧しい靴屋の息子のトミーが傷ついたリスをドリトル先生に診てもらったのち助手になる。そこへアマゾンの熱帯雨林から極楽鳥のミランダがやってきて、先生が敬愛していた博物学者ロング・アローが行方不明になったと言う。かくて大変な航海ヘ。チンパンジーのチーチーも活躍するが、この航海記では貧者や犯罪者が出入りして、ロフティングの社会観に導かれる思いになる。目的地のクモサル島では先生は王様にさせられた。
第8巻は月世界旅行シリーズの白眉。巨大なガに乗って月に着いた先生の一行は、月の生物たちが高い知能をもっていることに驚く。「おしゃれのユリ」との会話によってついに植物とのコトバに精通した先生は、月の会議にも出席する。月の彫刻家オーソ・ブラッジや妖精もあらわれて、まことに不思議な出来事が綴られていく。ジュール・ヴェルヌの月世界旅行にはない知的ファンタジーによって、子供の想像力はてっぺんまで駆けのぼれるはずだ。
第11作目。先生はかつてサーカス団を結成していたころ、公演の目玉に困っていたことがあった。ある日、お店で美しい歌声を披露しているカナリアに出会う。その名をピピネラという。メスなのに鳴く。不思議に思って生い立ちを聞くと、これが波瀾万丈だった(この話が興味深い)。先生は感銘して、サーカスで「カナリア・オペラ」を上演した。そこに貧しい窓拭き青年の話が絡んで、ほろりとさせたり、魂を洗われたりする。