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折口信夫を読まない日本人はモグリだ 「妣(はは)なる国」を綴り続けた近代的古代人 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
日本の近代文学のベストテンを選ぶとしたら、むろん選び方によって幾つもの番付ができるだろうが、ぼくはずっと以前から折口信夫(おりくち・しのぶ)の『死者の書』を入れたいと思ってきた。冒頭、「した した した」「こう こう こう」という太古の雫(しずく)の音が聞こえてくるところから始まる、霊妙きわまりない物語だ。
舞台は当麻寺を麓にもつ二上山。時は奈良中期。死者がめざめ、失っていた記憶を呼び戻したのである。その記憶の糸はしだいに当麻寺に眠る中将姫の伝説へ、さらには山越阿弥陀の伝承へとつながって、歴史をさまようことになる。まさに折口が古代人に憑依(ひょうい)して綴ったような物語だった。
『死者の書』を構想するにあたって、折口が思い浮かべていたことは、「神の嫁」とはどういう役割をはたす者なのかということと、日本人が彼方に常世(とこよ)や浄土を想定した背景には何があるのかということだ。
折口は小さな頃から、年上の青年に憧れ、万葉歌や源氏物語に耽り、神社を一人で訪れるような、フラジャイルで多感な少年だった。
国学院大学に入って国文学を研究する一方、柳田国男の刺激をうけて民俗学に没入するようになっても、それは変わらなかった。そういう折口が一貫して求めたのは「妣なる国」の奥にひそむ日本人の本来の記憶とは、どういうものだったかということである。その研究成果は『国文学の発生』に結実し、その本来の記憶を追った叙情感覚は歌人・釈迢空(しゃくちょうくう)としての多くの詩歌に結晶した。
近代の日本人のなかで、折口信夫ほどに古代と未来を行き来できる言葉を司れた研究者も表現者もいない。才能が溢れて自由自在だったからではない。日本語の来し方行方の消息を、漂泊者(ほかいびと)に価値観ともども託していくという方法を発見したからだ。自分がシンガー・ソングライターにならないで、ありうべき日本を渡り歩く遊行の者を想定し、その身の心情に代わって言葉を扱えたからなのだ。
ぼくは、折口信夫の言葉を読まないで「日本人の本来」を実感できるわけなどないと思ってきたほうである。だから勝手なことを言うのなら、折口を読まない日本人はモグリじゃないかとさえ思ってきた。池田弥三郎らの折口論も辛口で読んできた。
しかし最近になって、折口についての論評がたいへん充実してきた。折口の最後の愛弟子だった歌人の岡野弘彦さんが封印を解いて語り始めたこと、富岡多恵子や中沢新一や安藤礼二が斬新な切り口をもって新たな折口論を書いていること、『死者の書』や『身毒丸』などが舞台化・映像化され始めたことが大きい。とても嬉しい。
その一方、釈迢空の「近代の言霊(ことだま)」のような歌言葉の秘密には、まだ思い切ったダイビングがおこっていないようにも感じる。誰かがそこに投企してほしい。
わが折口入門は、27歳のときに脊髄障害をおこして入院したときに一念発起して折口全集を購入し、くる日もくる夜も読み耽ったことに始まる。『死者の書』だけは学生時代に出会っていた。「氏語り」とは何かという謎が解けて驚いた。死者を呼び覚ます「こう こう」「した した」といった音は、実は「氏語り」を促す音でもあったのである。『身毒丸』は説経節の翻案だが、いかにも折口らしい味付けになっている。その後寺山修司も現代戯曲に翻案した。
釈迢空の歌が中学期から追って収録されている。なんとも滲みいる歌ばかり、なんともヴァルネラブルな歌ばかりだ。ぼくはいつもこれらによって、自分の魂がどこかに連れ去られていくような感触をもってきた。この「どこか」とはおそらく「妣なる国」だ。ぼくを攫(さら)ったのは日本の客神たるマレビトたちだ。「おもむろに 吹きて立ちたる笛の座に残しし 笛を思ひ居たりき」「憎みがたき心はさびし。島山の緑かげろふ時を経につつ」
『折口信夫の晩年』『折口信夫の記』『折口信夫伝』ともに、とてもありがたい本だ。岡野さんは折口の晩年を伴走した最後の青年だった。すでに少年愛を求めるところの少ない時期であったらしいけれど、岡野さんには万感こもる折口体験だったはずである。その岡野さんの歌には、何重にも釈迢空が投影されている。それは、いわば「いやはてに、鬼は たけびぬ。かくこそ、いにしへびとは ありけれ」という師の歌の魂を、生涯の齢をかけて継ぐものだった。
実に斬新で大胆な折口論だ。『死者の書』からアジアに及ぶナショナリズムの底辺とてっぺんを捉えて、折口にひそむ天皇像を組み立てようとした試みに絆(ほだ)された。ほかにホカイビト論もミコトモチ論もおもしろかったが、マッハの感覚一元論と折口とのつながりに迫ったのは、折口認知学ともいうべき新機軸の燭光を告げるようで、ことに格別だった。実はぼくの30代前半も、折口を読みながらマッハやバークリーを併読したのである。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛(せいごう)/SANKEI EXPRESS)