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聖書が告知してきた意表をつく世界観 旧約聖書も新約聖書も「契約の書」だった 松岡正剛

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聖書が告知してきた意表をつく世界観 旧約聖書も新約聖書も「契約の書」だった 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 ダーレン・アロノフスキーの『ノア 約束の舟』という映画が封切られた。ノアはセトの子孫で、ヤハウェが増えすぎた人間たちが悪行をはたらくのに見かね、大洪水をおこすことを決意するのだが、ノアの一族には箱舟(方舟)を造らせ、あえて難を逃れさせたのである。旧約聖書の『創世記』の中のお話だ。

 ノアからはセム、ハム、ヤペテなどの「ユダヤの民」のリーダーが生まれた。ノアはユダヤ人すべての族長なのである。ちなみにイスラム教では、ノア(ヌーフ)はアブラハム、モーセ、イエス、ムハンマドとともに5大預言者になっている。

 聖書を読むのは並大抵ではない。旧約と新約があるだけでなく、ヨーロッパ2000年の思想は「オリゲネスの注釈から生まれた」と言われるほどに、なにもかもが聖書に絡んでいる。オリゲネスは最初の教父だ。

 旧約聖書だって多様きわまりない。モーセ5書としての『創世記』『出エジプト記』『レビ記』『民数記』『申命記』は、ユダヤ教ではトーラーと呼ばれて律法の書と扱われる。『ヨシュア記』『土師記』『サムエル記』『列王記』『歴代誌』『エズラ記』『ネヘミア記』などは啓示をめぐる預言テキスト集である。さらにぼくが好んで読んできた『ヨブ記』『箴言』『イザヤ書』『エレミア記』などの知恵の物語もずらりと揃って、待っている。

 これに対して新約聖書の新約は、イエス・キリストが神と新たに契約を“更新”したという意味で、がらりと異なる。レパートリーも、福音書の『マタイ書』『マルコ書』『ルカ書』『ヨハネ書』、パウロの書簡集としての『ローマ書』『コリント書』『ガラテヤ書』、幾つかの公同書簡集、さらには『ヨハネの黙示録』『外典』などが控えている。これらを“バイブル”と言うのは「本(biblia)の中の本」とみなされたからだ。

 ぼくが聖書を読み始めたのは高校2年のとき飯田橋の富士見町教会に通ってからで、実は鎌倉の禅寺通いとちゃんぽんだった。天秤にかけたわけではないが、「初めにロゴス(言葉)があった」(ヨハネ書)というキリスト教と、「言語道断・不立文字」を謳う禅の、両方が気になったからだ。しかし禅にくらべて、聖書の解読はまさに全西洋哲学を渉猟するようなもの、その迷宮ぶりには戸惑わされてばかりだった。

 それでも聖書とその周辺事情からは、西洋がロゴス(理屈)をどのようにハンドリングしてきたかということの大半が見えてきて、それはそれは汲めども尽きないほどに、またその強引なロジックが、なんともレトリカルで面白かったのである。

 【KEY BOOK】「ユダヤ人」(上下、マックス・ディモント著、藤本和子訳/朝日選書、1080円、在庫なし)

 ユダヤ人の歴史は格別だ。ユダヤ教を信仰する母から生まれた者たちがユダヤ人なのだから、もともとはノアやモーセ以来の母系的な万世一系の歴史が培われてきた。こんな宗教民族はほかにはいない。「神と歴史のはざま」なのだ。かれらは「さまよえるユダヤ人」(ディアスポーラ)でもあって、世界各地に離散してさまざまな血と交わりもし、他方でつねにゲットーに入れられ、何度ものホロコーストの対象になった“宿命の民”でもあった。

 【KEY BOOK】「キリスト教の誕生」(ピエール=マリー・ボード著、佐伯晴郎訳/創元社、1620円)

 ユダヤの民が分家分裂する中から、イエスが登場してきた。それをメシア思想と結びつけ、キリスト教にしたのはパウロたちで、それを拡大していったのは教父と司教たちである。その勢力は異端排撃と迫害受難の歴史とともに組み立てられていった。やがてアウグスティヌスが三位一体説を“創設”したが、それでも東西教会の分裂からカトリックとプロテスタントの分立まで、キリスト教の歴史はいっときも安定してはこなかった。

 【KEY BOOK】「聖母マリア」(竹下節子著/講談社選書メチエ、1500円、在庫なし)

 イエスの復活と「父と子と聖霊」の三位一体説を中心とするキリスト教は、長らく父性の宗教だった。それがイエスの処女懐胎説とマリア信仰の台頭によって、しだいに女性性をとりこんでいった。以前からマリアの謎についてはさまざまな臆測と仮説が語られてきた。本書やシュライナーの『マリア』や内藤道雄の『聖母マリアの系譜』などを読まれると、意外なことが見えてくる。マグダラのマリアや黒マリアなどの謎も覗いてほしい。

 【KEY BOOK】「ふしぎなキリスト教」(橋爪大三郎・大澤真幸著/講談社現代新書、907円)

 ユダヤ教からキリスト教に及んだ流れと、その後のキリスト教文明の骨格と特質が、2人の対話によってみごとに解き明かされている。とりわけ西洋に「一神教」が確立した理由と背景を如実に浮き彫りにする。本書のような本こそ、日本人にもっと早く広まってほしかった。2人はキリスト教を理解することこそ、日本人がグローバリズムと日本の社会文化を同時に把握するために、一番てっとりばやい近道なのではないかと問いかけている。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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