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脳はお化粧もするし、お買い物もする 脳科学の本を読むときのぼくのスタンスについて 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
長らく「心」や「気持ち」や「意識」って何なのか、見当すらつかなかった。そのため妄想や虚言癖や夢遊病はたいていオカルト扱いされた。いや20世紀の半ばまで、心や感情の正体はほとんど掴めなかったのである。それがいまや、その正体のあらかたが「脳」すなわち「神経ネットワーク」や「脳内物質」の動向に依存していると答えるようになった。
それにつれて「自己」や「自分」を演出しているのも脳のせいだということになってきた。脳こそが自己意識だともみなされてきた。
それだけではない。脳のどこかには「買い物する脳」や「化粧する脳」もあって、その分析データをマーケティングにいかす戦略すら取り沙汰されるようになった。ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)技術というものが開発されたのだ。
たしかに、アセチルコリンやドーパミンなどのさまざまな脳内物質(神経伝達物質)の分泌の増減が、われわれの気分や激情や倦怠感に関係しているだろうことは、かなり見当がついてきた。
また、どの神経ネットワークの部位が活性化しているかによって、学習能力や集中力が変化することもわかってきた。しかしだからといって、化粧脳やショッピング脳がどこにあるかなんてことは、まだまだわからないことなのだ。
一方、われわれは何かを判断したり行動するにあたって、脳だけを使っているのではないことも見当がついてきた。アントニオ・ダマシオが先駆的な研究をしているのだが、脳の中にはソマティック・マーカーという“体マップ”がひそんでいて、脳はこの精妙なマップを通して体の各部との同時処理を試みていることも、ある程度だが見えてきた。脳は脳だけでなにもかもを処理しているわけではないらしいのだ。
脳の科学はまだまだ出揃っていない。ぼくはほぼ10年ごとに脳の最前線の本を片っ端から読むようにしてきたのだが、いまだ「そうか、これでわかった」という統合的な仮説にはお目にかかれない。しかし、それでも脳科学者たちとともに「脳を読む」ということは、つねにエキサイティングな知的体験をもたらしてくれるのである。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)
脳について知りたかったら、まずこの本を読むといい。ペンフィールドは“脳科学の父”ともいうべき人物だが、すでに脳のもつ役割をできるかぎり総合的に捉えようとした。彼は「脳は意識の流れのすべてを管理しているが、その指揮棒を振っているのは心というものだ」と考えた。脳がハードで、心がソフトウエアだと考えたのだ。
スペイン出身でハーバード大などをへて大胆な仮説を発表しつづけている異才ダマシオを読むのなら、『生存する脳』『感じる脳』『無意識の脳・自己意識の脳』の順に読むといい。脳の中の自己像の確立には、幾つもの機能分担があって、それらが一斉に動かないかぎり、われわれは「私」というものを自覚できないのだということがわかるだろう。とくにソマティック・マーカー仮説が秀逸。
茂木君はぼくの若い友人だが、だんだんおっちょこちょいになってきた。しかし最初の著書『脳とクオリア』(日経サイエンス社)には、われわれが形と色とテイストをもった物体に感じるクオリアの正体についての言及があって、いまなお考えさせる。『化粧する脳』は脳の本質を説いたのではなく、なぜ自己意識は「顔」の特徴に関心をもつのかという問題を扱った。女性にはおもしろいかな。
毎日出版文化賞の本。著者はいまや話題の理研の研究者で、専門はブレイン・マシン・インターフェース(BMI)。これは実験者がシステムの一部に組み込まれて脳を研究しようというもので、それまでの電気生理学的な外挿的な研究方法を一新した。いわば脳科学が仮想のソーシャルブレインを設定して、それを研究しようというものだ。従来の脳研究がどんな限界をもっていたかもわかる本。
脳科学の本ではない。稀代のマーケッターで、バイオロジー社のCEOであるリンストロームが、ダマシオの仮説などに学んで、ニューロマーケティングを開発した経緯の本だ。だからfMRI(磁気共鳴機能画像法)やサブリミナル分析がどのようにマーケティングに使われているか、ビジネスマンにとっては驚くような成果が次々に紹介される。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)