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オリバー・ストーンの「もうひとつのアメリカ史」 今日のアメリカ凋落を直視する衝撃的な大作 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
この3冊には、原爆を投下したアメリカの計画的実情、ケネディ暗殺とキューバ危機の虚々実々の駆け引き、ベトナム戦争の過誤と失政、ウォール街に渦巻く金融的野望、9・11を自ら招いた中東作戦と凋落など、輝かしく見えたアメリカ帝国の陰影と暗部が大胆な推理で彫りこまれている。著者は映画監督のオリバー・ストーンと歴史学者のピーター・カズニックだ。
オリバー・ストーンはイエール大学を中退してベトナムで英語教師になっていた。1967年からベトナム戦争で空挺部隊に所属、除隊後は念願のマーティン・スコセッシに師事すると、シナリオライターとして仕事を始め、『ミッドナイト・エクスプレス』でアカデミー脚本賞を得た。いまは仏教徒である。
評判になった『プラトーン』『7月4日に生まれて』でアカデミー監督賞を2度受賞してからは、一転、『JFK』『ニクソン』『ブッシュ』などの大統領陰謀ものを手掛け、その勢いのまま大作ドキュメンタリーテレビシリーズ『もうひとつのアメリカ史』に取り組んで、内外の大きな反響を呼んだ。
ぼくは映像版のほうはまだ一部しか見ていないのだが、早川書房が送ってきた3冊本は届くたび、ページの奥から何が飛び出てくるか、虚像アメリカからどんなヴェールが何枚引っ剥がされるのか、興味津々で読んだ。著者らの結論は、こうだ。(1)アメリカは過ちを犯した。(2)アメリカは自らの使命に背いた。(3)アメリカの時代は終わるだろう。
異様な奢りは、すでに「アメリカは世界の誇り高い例外である」(マニフェスト・デスティニー)と自負したモンロー時代、ハワイ・フィリピンを獲得し、パナマ・キューバ・メキシコ・ニカラグアなどの権益を40パーセントほど分捕りおわったセオドア・ルーズベルト時代に始まっている。しかし、それが醜悪なほどの過剰な自信になっていったのは、日本に原爆を投下して地球上最初の核兵器の保有者となり、その対抗者として名乗りをあげたソ連との冷戦を徹底的に勝ち抜いてからのことだった。
それでも訂正する機会はあったはずだが、歪曲だらけのベトナム戦争後、国連加盟国190カ国のうちの132カ国に米軍を駐留させるとともに、ネオコンたちとウォール街を駆動させて、軍事とカネと国益をつなぐ「驚くべきアメリカ方程式」を確立してしまうと、もう後戻りができなくなっていた。そこへ9・11やリーマンショックが待ってましたとばかりに襲いかかってきた。
ストーンとカズニックの告発には、もちろん偏ったところもある。けれどもこの告発がアメリカ人の手で大局細部にわたって彫琢されるかのように試みられたことには、むしろ日本人こそが耳を傾け、目を凝らしたほうがいい。
日本人はこの1巻目「2つの世界大戦と原爆投下」をよくよく読むべきだ。ここには、アメリカがニューディールで体力回復を果たしつつあるとき、全体主義のドイツと社会主義のソ連の著しい台頭に直面した大統領チームが、日本を犠牲国に選ぶことによって一挙に世界制覇のカードを掌中にしようとしたシナリオが赤裸々に暴かれる。ストーンらはこれを「アメリカの途方もなく陰険な企み」と断定した。軍事的には原爆を落とす必要はまったくなかったのである。ソ連参戦を一日でも早く挫(くじ)くこと、ポツダム宣言の受諾以前に事態を制すること、これが狙いだった。それを凡人中の凡人トルーマンに決断させたのである。
第2巻は「ケネディと世界存亡の危機」。ここではジョージ・ケナンの「封じ込め」戦略の背景、アイゼンハワーの核兵器政治と原子力利用プログラムの正体、ケネディの軍産複合による「ベスト&ブライテスト」の野望、米ソ対立とキューバ危機の裏面、ブラジル・インドネシアの左派勢力の一掃、ベトナム戦争の異常なシナリオ、ニクソンとキッシンジャーの脅し外交、カンボジア侵攻やアジェンデ政権工作が次々に証される。こうしてアメリカはドルショックとオイルショックを世界に撒き散らし、金融と食糧と薬物と宇宙による世界制覇の準備に入っていく。もしケネディ暗殺とニクソン退陣がなかったら、という仮説が恐ろしい。
第3巻は「帝国の緩やかな黄昏」。レーガノミクスとネオコンによる新自由主義を掲げたアメリカは、史上最低の親子大統領の登場によって、ついに大過信と大過誤による戦争犯罪国に堕ちていく。ここではあれほど日米構造協議でいじめられたにもかかわらず、日本経済がひどく憧れ、なんとか模倣しようとしたアメリカの病理的な実態が、9・11とリーマンショックに向かって否応なく雪崩をおこしていく日々を如実に語る。ストーンは最初はオバマに期待をよせたらしいのだが、それがみるみるうちに裏切られていったことも、正直に語っている。問題は日本がアメリカの虚像力を語ろうとしないことなのである。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)