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シェイクスピアの悲劇こそ本当に恐ろしい 4大悲劇を知らないでジンセーを語ってほしくない 松岡正剛

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シェイクスピアの悲劇こそ本当に恐ろしい 4大悲劇を知らないでジンセーを語ってほしくない 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 文学座がシェイクスピア祭を敢行して、20本を連打した。2014年がシェイクスピア生誕450年に当たっていたからだ。冬は『マクベス』『ヘンリー8世』『テンペスト』などが上演される。ぼくは『テンペスト』の大ファンなので観にいくつもりだ。 5月の白井晃演出の新国立劇場もよかった。

 シェイクスピアの芝居を観ないのは、男がジャケットを着たことがなく、女がパンプスを履いたことがないほどの「人生の失落」だけれど、演出と役者によってはなかなか没入できないことが少なくない。それでも男と女が人生をおくるためにはゼッタイ観るべきなのだが、裏切られたくないならやはり原作を読むべしだ。とくに4大悲劇はどんな予想をもこえて衝撃的なのである。

 シェイクスピアの戯曲作品には『ヘンリー6世』『リチャード3世』などの史劇、『じゃじゃ馬ならし』『ヴェニスの商人』『お気に召すまま』『真夏の夜の夢』などの傑作喜劇、そして『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『オセロ』『リア王』『マクベス』『アントニーとクレオパトラ』など悲劇がある。しかし驚くべきは何といっても4大悲劇で、たいへん恐ろしい。

 どこが恐ろしいのか。『ハムレット』は「誤殺」が恐ろしい。父を殺し母が再婚したクローディアスを暗殺しようとして、狂気を装うほどの策略を練ったのに、ポローニアスを誤って殺す。これを知ったオフィーリアは狂って溺死する。『オセロ』は「嫉妬と奸計」が怖い。イアーゴの計らいのまま妻のデズデモーナを殺して自殺する。その破局にいたったオセロの悲しみには身震いさせられる。

 『リア王』は「世界の裂け目」を描いた物語の最深部が恐ろしい。両目を抉られたグロスターが荒野をさまようリア王と再会する場面、リアが娘のコーディリアの遺体を抱いて悲嘆に絶叫する場面は、あまりに深すぎる。『マクベス』は王とマクベス夫人に宿ったまま立ち去らない「森の狂気」がただならない。まことしやかな予言や忠告にはゆめゆめ耳を貸さないことだと思い知らされる。

 4大悲劇いずれの舞台でも、主だった登場人物たちがことごとく変死や自死を遂げるというのは、よほどの異常である。それなのに、ここには悪人や犯罪者は出てこない。誰もがちょっとした利得と錯覚から悲劇の奈落にまっさかさまに堕ちていく。こんな救いようのない悲劇、古代ギリシアのソフォクレスの『オイディプス王』以来だった。

 シェイクスピアを読むとは、われわれの周辺のどこにだって「世界劇場」が密かに用意されていて、そこではシェイクスピアのセリフめいた「裏切りの言葉」がいつも交わされていることに気付くことなのである。

 【KEY BOOK】「ハムレット」(シェイクスピア著、福田恒存訳/新潮文庫、432円)

 名セリフといえば、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」や「弱き者、汝の名は女なり」になるが、イギリス人にとっては「習慣は大事だが、守るより破ったほうがいいものもある」のほうが人生訓になっている。デンマークの王子ハムレットが、父の死はクローディアスによるものだと知るのは、亡霊となった父から教えられたからだ。なぜ亡霊が登場するのか。シェイクスピアは複式無幻能的な趣向が得意だったのだ。

 【KEY BOOK】「オセロー」(シェイクスピア著、福田恒存訳/新潮文庫、464円)

 ヴェネチアの貴族たちを背景にして、猜疑の交錯を描いた心理劇だ。だから男女の心理の違いがしきりに交わされる。「男たちはみんな胃袋。女はその食べもの」「教えてあげましょうか。私たちが悪いことをするのは、みんな男のすることを見ておぼえたのですよ」。悲劇は一枚の「デズデモーナのハンカチ」から発端する。イアーゴの奸計ではあるが、読者も観客もそのイアーゴの罪も正体も追いきれない。それが悲劇なのだ。

 【KEY BOOK】「リア王」(シェイクスピア著、福田恒存訳/新潮文庫、464円)

 高齢のブリテン王リアは、自国を3人の娘に分与することにした。長女と次女は甘言を弄するが、末のコーディリアは直言をする。怒ったリアは長女たちに国を与え、末娘を追放するのだが、やがて自分が追放される憂き目にあう。「われわれが生まれ落ちたとき、この阿呆どもの舞台にいたことに泣き叫ぶのだ」は、裏切られたことを知ったリアの言葉だ。王は荒野をさまよいコーディリアの遺体を抱えて「光はどこか」と叫んで、絶命する。

 【KEY BOOK】「マクベス」(シェイクスピア著、福田恒存訳/新潮文庫、432円)

 スコットランド王に仕えるマクベスと友人のバンクォーは、森の中で魔女と会う。魔女はマクベスに「領主になり、やがて王になる」と、バンクォーには「お前の子が王になる」と予言する。予言を聞いた夫人は、マクベスを煽って王を短剣で暗殺させる。マクベスは王になるが、バンクォーへの予言が気掛かりで、友人を殺す。王と妃は気が狂う。「人生というのは歩きまわる影にすぎない」は、夫人の自害を知ったときのマクベスの呻きだ。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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