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誰もネット・バカにはなりたくないけれど… グーグル・アマゾン化する社会脳と学習脳 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
いまITネットが劇的におこしつつある一部始終の出来事は、ひょっとしてわれわれの外側に「脳」みたいなものをつくっているのだろうか。もしそうだとしたら、そこに経済も欲望も知識も飲み込まれていくことになる。友達も買い物も書物も音楽も性欲も、みんなネットが吸い取っていくことになる。
さあ、このままでいいのですか、何かを熟考すべきじゃないですか、だったらどうすべきなのですか、という議論がこのところ囂(かまびす)しい。
残念ながら、まだ三つのことがわかっていない。第1には継続的デジタルメディアの使用がもたらす神経生理学的な影響がどういうものなのかということ、第2にネット検索に頼ることやネットで読み書きしていることがわれわれの学習能力や推理能力にどのくらいのダメージを与えているのかということ、第3には商品と市場がどのくらいネットに巻き込まれていくかということだ。
グーグルやアマゾンを敵視して過剰な批判を発している見解を除いたとしても、これらの問題がややギリギリのところに来ているということは確実だ。
たとえばアレクサンダー・ハラヴェの『ネット検索革命』、ニコラス・カーの『ネット・バカ』は、検索エンジンとその結果の表示の仕方にかなりの限界があるにもかかわらず、ネット社会がリアル社会の価値観を代行しつつあることを警告するとともに、それが一方で人間の知覚作用や判断作用をだんだん鈍化させつつあるのではないかとも警告した。
ぼくはネットで創造力やコミュニケーション力が落ちるとは思わない。仮にいまその傾向があったとしても、このあたりは必ず新たなソフトやユーザーの工夫によって回復する。しかし、想像力や仮説力はどうか。おそらくかなり劣化する。想像力や仮説力は当該の事態や事情からいったん離れることが必要なのに、ネットを見続けることがその重大な切断をおこせなくさせていくからだ。
ネットはときどき使えばいいのである。予約したり調べたり知らせあったりするには大いに役に立つ。けれども、ネットの中で結論を得ようとしたり、和解に達しようとしたりしても、うまくはいかない。ようするにネットで「最終」を求めるのは、やめたほうがいいのだ。それならどこで切り上げるのかだが、ぼくはちょっとでも苛々したり目が疲れると打ち切ることにしている。
そして、もう一つ。ぼくは電子書籍は読まないと決めている。諸君は読んでもかまわないが、ぼくの場合は、それをするとこれまで書物を読んできた動的リテラシーが衰弱していくからだ。ま、人それぞれのネット・バカ対策があるわけだ。
グーグルはどんな技術と思想を世界に定着させたのか。それは「万能の福音」をもたらすのか、それとも「見せかけの社会」をつくっているのか。この二つはぎりぎりの両義性として確立しつつあるようだ。本書はこの問題を、やや丁寧に披瀝(ひれき)する。良くも悪くも問題の核心が検索エンジンの出来具合にあることが、よくわかる。ネット利用が拡張しすぎると、検索プロセスに政府機関やユーザー機関が介入することになるだろうとも予告した。
ニコラス・カーはウェブ2.0批判やウィキペディア批判をはじめ、企業の全面的コンピューティング化やIT投資に警鐘を鳴らしてきた猛者である。本書では、グーグル・アマゾン型の検索革命によって社会に大きな変化がおこっていくとともに、人間の知覚や記憶や類推の能力にも変化がおこっているのではないかという問題に踏み込んだ。ネットが好きな諸君にとっても必読書だろうと思う。なぜならこれを読めないではネットは活用できない。
グーグルは超便利の提供と引き換えに、さまざまな不都合を生んでいるというのが、本書のスタンスだ。何もかもを格付けする、社会と個人の関係を監視できる状態にする、情報テロを誘発する、グーグルで知的探査性が止まってしまう…。そこで著者はグーグルに代わる「ヒト知識プロジェクト」を立ち上げるべきだと主張するのだが、そのプランはあまり具体的ではなかった。
『運転士』で芥川賞をとり、『モナの瞳』『私を忘れないで』『「家をつくる」ということ』で話題をまいた作家のエッセイである。ネット検索の中身や技術に触れているのではなく、「検索」よりも「思索」を大事にしろということを書きまくっている。なぜ、そうなのか。問題解決ばかりが求められて、問題創造力がなくなっていく。空気ばかり読みあって言葉の共食い社会になっていく。身体性を通過した思索が薄くなっていく。これでは危険すぎるというのだ。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)