SankeiBiz for mobile

風神のごとく飛蝶のごとく書き分けた空海 空海の絶妙な楷・行・草・篆・隷・飛白 松岡正剛

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

風神のごとく飛蝶のごとく書き分けた空海 空海の絶妙な楷・行・草・篆・隷・飛白 松岡正剛

更新

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 「書は人なり」であるとともに「書は散(さん)なり」である。多くの書体を書き分け、中国では“五筆和尚”の異名をとった空海にこそふさわしい。

 空海の書は日本書道史上で群を抜いている。大師道や入木道(じゅぼくどう)を拓いたとか、平安の三筆(嵯峨天皇・橘逸勢)の一人という程度ではない。圧倒的であり、やはり天才的だ。王羲之(おうぎし)の正統を踏まえて楷行草の三体をよくしたとか、篆書(てんしょ)・隷書(れいしょ)・飛白(ひはく)を自在に書き分けたのが天才的なのではなく、書というものを思想し、それを筆の一点一画のストロークに自由に反映させたところが、余人を許さないところなのだ。

 空海の書は、その真言(マントラ)思想、呼吸(阿吽)思想、さらには字義(タイプフェイス)論の深みからやってきている。そのため、呼吸や言葉や文字の本性を発露させてやまない書になっている。こんな書家はその後も出ていない。おまけに梵字に習熟して切り継ぎという書法を使えた。文字の間架結構(かんかけっこう)の形に応じて書形を書きながら運筆をアレンジできるのである。

 たとえば『聾瞽指帰』(ろうこしいき)の冒頭の「聾」の字だが、「龍」の結筆の点前で捩(よじ)れて「耳」の横棒に入るにしたがって戻していく。これは梵字からの応用であろう。こういう一瞬の運筆の妙が「請来目録」「灌頂(かんじょう)歴名」にも「真言七祖像名号」「益田池碑銘」にも、むろん飛白の「十如是」にも躍如した。

 なぜ空海にこんなにも他の追随を許さない書が発露できたかといえば、普遍と例外の両方に通じ、その両方ともに価値を横溢させることが、書による世界表現だと確信していたからだ。多くの者は普遍と例外を区分けしてしまうのだ。

 弘法大師空海はそんなことをしなかった。普遍の渦中に例外を見いだし、例外を普遍に延展できたのである。やはり書聖とこそ呼ばれるべきだ。

 今年は高野山開創1200年。いまでも奥の院では弘法大師が生きていて、その息づかいが伝わってくるという。

 【KEY BOOK】書道芸術第12巻「空海」(中央公論社、2700円、在庫なし)

 最もオーソドックスな空海書の図版集。司馬遼太郎が簡潔な書人伝記を、春名好重が作品解説を書いている。しかしこうした解説に頼るより、空海の書は一字ずつを食いいるように見るべきだ。最初は王羲之に学んだであろう正統書法を見たほうがいいが、それが見えてくればやはり転筆や破筆がどのようにおこっているのかを見つめたい。その絶妙をできれば臨模して驚きたい。

 【KEY BOOK】「書聖空海」(中田勇次郎著/法蔵館、1944円、在庫なし)

 やっぱり中田センセイの書道論はどこかで通過しておいたほうがいい。男の背広のようなものなのだ。抑制のきいた解説ではあるが滋味がある。空海の書はまさに自由闊達である。風になったり鳥になったり蝶になったりする。けれどもそれは絵ではなく、書なのである。では書がどうして鳥獣や花鳥風月になりうるのか。そのプロセスにこそ空海の宇宙観が書に舞い降りる秘密がある。

 【KEY BOOK】「空海 人と書」(春名好重著/淡交社、2060円、在庫なし)

 春名好重によって、どれほど日本書道史や書人の特色が手にとれるようになったか、その功績には尽きないものがある。だから空海書においても春名解説には目を通したい。本書は空海の書跡すべてを2ページずつ解説するとともに、大師流にまつわる事績についての視点を50項目以上掲げてわかりやすく解説した。信用できる空海書の事典として、手元においておきたい。

 【KEY BOOK】「空海書韻」(榊莫山著/美術公論社、2202円、在庫なし)

 ぼくは若い頃に、榊莫山の書に接する心意気や遊び方にずいぶん刺激された。書が愉快に見られるようになったのは、この人のおかげだ。その書もおもしろいと思ってきたが、晩年は骨がなくなったようにも感じた。本書はなんと小説である。書人空海を物語にしたのはこれが初めてだったろう。だから筆師の坂名井(さかない)清川との応酬など、独壇場だ。ただ書人の奥は描けていなかった。

 【KEY BOOK】「空海の夢」(松岡正剛著/春秋社、2160円)

 書人空海の思想との関連を突っ込んだ本がほとんどないので、おこがましいことながら、あえてぼくの著書を挙げておく。佐伯真魚というコトダマ一族に育った空海がどのような生命観と東洋観をもって、書道を呼吸・言葉・文字を一貫させた「生きた書」と掴まえたのかを浮上させてみた。カリグラファー空海、マントラアーティスト空海として、その才能が縦横無尽にほとばしった理由を推理してある。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

ランキング