【BOOKWARE】
「書は人なり」であるとともに「書は散(さん)なり」である。多くの書体を書き分け、中国では“五筆和尚”の異名をとった空海にこそふさわしい。
空海の書は日本書道史上で群を抜いている。大師道や入木道(じゅぼくどう)を拓いたとか、平安の三筆(嵯峨天皇・橘逸勢)の一人という程度ではない。圧倒的であり、やはり天才的だ。王羲之(おうぎし)の正統を踏まえて楷行草の三体をよくしたとか、篆書(てんしょ)・隷書(れいしょ)・飛白(ひはく)を自在に書き分けたのが天才的なのではなく、書というものを思想し、それを筆の一点一画のストロークに自由に反映させたところが、余人を許さないところなのだ。
空海の書は、その真言(マントラ)思想、呼吸(阿吽)思想、さらには字義(タイプフェイス)論の深みからやってきている。そのため、呼吸や言葉や文字の本性を発露させてやまない書になっている。こんな書家はその後も出ていない。おまけに梵字に習熟して切り継ぎという書法を使えた。文字の間架結構(かんかけっこう)の形に応じて書形を書きながら運筆をアレンジできるのである。