【BOOKWARE】
承平4年(934)の12月21日、還暦を迎えた紀貫之は国司として赴任して足掛け4年いた土佐の国から京へ帰ることになった。1080年前の今日のことだ。55日間の旅だった。
その日記を貫之は「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」というふうに、女性の書き手を擬装して綴った。それだけでなく、これを仮名で書いた。トランスジェンダーを擬装して、仮名日記をでっちあげたのだ。それが日本文学のみならず日本文化を大きく転換させた。
はたして最初からそうしたのかどうかは、わからない。当時、貴族や役人たちは「具注暦」という暦の余白に漢文で日録を付ける習慣をもっていたので、貫之もまず船旅の一部始終を漢文で書いておいて、のちに仮名の文体に書きなおしたのかもしれない。それにしても貫之が女のフリをして仮名の文章をつくりあげたことは、とんでもないイノベーションだった。もっとも貫之にはそんな大胆不敵をやってのける前歴があった。