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いまでも岡崎京子はニューウェイブ その唇からは今夜もピンクの散弾が飛んでいる
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
世田谷文学館の「岡崎京子展:戦場のガールズ・ライフ」を見た。ちょっとしんみりした気分で訪れたのだが、たちまち20年以上前の岡崎京子(きょうこ)の元気いっぱいの官能に浸れた。小粋で勢いのある線の原画、スクリーントーンが拡大されたプリント、あの戦闘的でアンニュイな独特の言葉たち、パンク時代のこましゃくれたプチ雑誌…。これらをうまく組み合わせ展示していた。気持ちがよかった。それでもちょっと涙ぐませた。
1996年5月19日に下北沢の自宅近くで交通事故に遭って以来、岡崎の執筆や作品発表は止まってしまった。みんなの前に姿を見せなくもなった。けれども岡崎はやっぱり元気なのだ。実際にも、手塚治虫賞の大賞受賞、『リバーズ・エッジ』『pink』などの作品のフランス語訳、多くの岡崎京子論の発表、蜷川実花による『ヘルタースケルター』の映画化など、岡崎の作品も話題も、この20年近く、決してじっとなんかしていなかったのだ。そのことは京子展を見ながら一番実感できたことである。岡崎はいまなおまだ泡立っているままなのだ。
ゼンマイ仕掛けのホテトル嬢を主人公にした『pink』を読んで、うーん、これは新しいパンク少女の出現だと驚いた。フツーじゃやってられない世の中をきこきこ動くリモコン仕立てで覗き見するなんて、これは只者じゃない。これで次々に岡崎を読むようになった。とくに『リバーズ・エッジ』に出入りするヴァルネラビリティ(攻撃されやすさ)とフラジリティ(傷つきやすさ)が、J・G・バラードやデヴィッド・リンチのようにすばらしかった。
当時のぼくの女友達、たとえば萩尾望都(はぎお・もと)に「岡崎京子はニューウェイブだね」と言うと「うん、私には描けない才能がほとばしってるわね」という返事。山口小夜子(さよこ)は『くちびるから散弾銃』から『東京ガールズブラボー』の方へ奔放に向かっていったキュートなモード感覚と高速なガールズトークを、「あれはね、あさってのストリートファッションのぶっちぎりなの」と絶賛していた。
そうなのだ、岡崎京子はあさってを描けるマンガ家なのである。だから、いまでも彼女の作品は今日から数えて3日目におこる出来事をぶっきらぼうだけれど、ちょっぴりエロチックに予告する。わかりやすいのは沢尻エリカが演じた『ヘルタースケルター』のりりこの運命だ。りりこは今日もタイガー・リリィとして、あの街の曲がり角の向こうであさってを占っているはずなのである。
平凡パンチ連載の『ジオラマボーイ☆パノラマガール』が場違いで、妙に痛快だった。この才能、見逃せない。そのあと『pink』で絶賛する気になった。ホテトル嬢のユミちゃんは世の中フツーすぎてやってられない。だから部屋でワニを飼う。この作品、実は愛と資本主義を一瞬にして見抜いていた。実際にも岡崎はあとがきに「すべての仕事は売春である」「すべての仕事は愛である」と書き、この愛はぬくぬくなんかしていない化け物のようなんですと付け加えた。
行き違い。秘密がありそう。庇(かば)いたいもの。愛が半ちらけ。こんな感覚を川の流れの端っこの出来事に仕立てて、当時の?み合わない気分に、冷たくて熱い毒を散らしてみせた。ニューシネマよりもずっと映画らしいニューウェイブなマンガだった。ぼくは岡崎の絵の描きっぷりも好きなのである。エゴン・シーレと四谷シモンと金子國義のユニセックスが混じっていて、そこを鴨沢祐仁ふうのトワイライトな都市感覚が包んでいるからだ。
マンガ大賞をはじめ数多くの賞をとった。蜷川実花が沢尻エリカを起用して映画にもした。タイトルはビートルズの曲名。主人公のりりこは全身整形手術をやめられなくなって、芸能界が仕向ける美の極みの犠牲になった人工美女である。けれども忌まわしい犯罪に巻き込まれ、どこかに消える。そこからはタイガー・リリィとしての謎の人生が待っていたのだが、連載中の岡崎の交通事故によって未完におわった。いますべての岡崎ファンはそのリリィの夢の中にいる。
岡崎京子の全貌を知りたければ、この本から入るのがいい。もうちょっとリクツを感じたいのなら杉本章吾の『岡崎京子論』(新曜社)がいい。さらにぶっちぎりたいのなら、ばるぼらの『岡崎京子の研究』(アスペクト)がいい。でもその前に世田谷文学館の「岡崎京子展」を見て、図録(平凡社)を買おう。けれども、いまだ鈴木いづみ、戸川純、岡崎京子、椎名林檎をつなげる者が登場していない。それからもうひとつ、岡崎のモードセンスを論じる者がいない。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)
■岡崎京子展「戦場のガールズ・ライフ」 世田谷文学館。3月31日まで。