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日本で一番へんてこな絵と文をつなげた人 なぜ長新太はパンツが好きだったのか? 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
長新太はぼくの神さまであります。そう確信したのは1972年に『ヘンテコおじさんの童話風インタビュー』に出会ったときで、さっそく翌年の、「遊」6号「なぞなぞ特別号」に『パンツに頭部を入れたまえ』を描いてもらったのでした。それは、犬頭人化しつつある自分のカラダから心臓やら脳やらお尻を取り出し、そんなことをしたためについつい生じた奇妙な顛末を、あの独得の線によって絵と文を自在につなげたスタイルで幻想するという、大傑作でありました。次の年『キャベツだより』を見て、この人は、うーん、やっぱり絵文神仙(かいぶんしんせん)の生まれ変わりなのだろうと、ぼくは誇りをもって感じたのであります。
あるとき「おしり」と「おなら」がお互いに大好きだということで意気投合しましたね。とはいえ二人で「おなら」を出しあうわけにもいかず、とはいえ何食わぬ顔をして「おしり」を触りあうわけにもいかず、二人は照れました。ぼくもチョーさんもヒト・ゾウ・かたつむり・キャベツ・赤ちゃん、そのほか誰彼かまわず「おしり」を触るのが好きなのに、それが禁じられているので反抗したかったのですね。
チョーさんの驚くべき真骨頂がどこにあるのかということは、傑作作品の数々を見てもらうしかありましぇん。けれど、あえて例示するなら次の選択にあるのであります。びっくりしないでください。「分別より分裂、普通の足より扁平足、髪よりも脳、ズボンよりもパンツ、焚き火よりも火事、太陽よりも月、人気よりも狂気、香水よりも洪水、礼よりも霊、のり巻よりもたつ巻…」! これが長新太のぶっちぎりなのであります。深くておかしな、へんてこ~なナンセンスですねえ。でも、いったい誰がこんな危ないこと、いま、言える?
チョーさんのマンガや絵本やイラストレーションはどれもこれも、何かがちょっとずつ変容するか変質するか、交配していくか、部分と全体が取り替わるか、突然変異するか、だいたいはそんなことをおこしてわれわれを置いてけぼりにすると、あとは空にアザラシが浮かんでいるか、ライオンが困っているかというふうになっています。いったいこれは何かと言うにですね、『絵本画家の日記』にはこんなふうに書いてあります。「ドローネー、カンディスキー、フォートリエ、ボイスといったものと絵本とがね、溶解してしまうことが肝要なのだよ」と。これは20世紀の最高美術を柔らかに絵本化してしまおうよという、とんでもない洒落です。きっと森村泰昌さんの魂胆にも通じるものでもありましょう。
長らくチョーさんの編集に携わってきたトムズボックスの土井章文さんが奥さんにインタビューしてくれたのでわかったことですが、チョーさんは家のことは何もできなかったそうです。それどころか、自分が描いた絵の上にトレペも貼れないし、旅行の用意もできない。そこで奥さんがそろそろ旅に出るなという頃合いに、大中小の3つのカバンに下着やお菓子や着替えを詰めておいて、チョーさんはただそのうちの一つを選んで出掛けるだけだったようであります。旅先では必ず水族館に寄っていたのです。
しかし、しかしながらですね、チョーさんは2005年6月に亡くなったのですが、みんなはまだ長新太を合掌も合唱もできていないのですよ。子供たちに生まれ変わったら何になりたいですかと聞かれて、うん、ぼくはイカやタコになりたいねえと言っていたチョーさんの仕事のことを、どう語ればいいのか、このモンダイにみんなはいまだ切羽詰まっていないのであります。そろそろみんなが長新太に痺れきってもらうために、今回はチョーさんをブックウェアしてみたのですよ。では、チョーさん、天国へんてこパンツを贈ります。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)