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山口小夜子という衣裳の読み方 東京都現代美術館「未来を着る人」展に寄せて 松岡正剛

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山口小夜子という衣裳の読み方 東京都現代美術館「未来を着る人」展に寄せて 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 ジャン・ギャバンがフランスパンをちぎった仕草、泉鏡花が芸者の姿態を描写した文章、マレーネ・ディートリッヒが男ぶる一瞬、辻村ジュサブローの人形が振り返ったときの衣裳の意外な曲線、ギイ・ブルダンが綺麗な服を変にして撮るとき、ペーター佐藤が描き加えたペンシルタッチ…。なにもかもを見逃したくなかったのである。

 東京都現代美術館で「山口小夜子 未来を着る人」が展観されている。2007年の真夏に亡くなって、どこか「月の駅」あたりに還っていましたはずなのに、さっきまで不思議なカサネ衣裳を纏(まと)って、美術館の階段を降りてきて展示に混じっているようだった。

 小夜子(さよこ)は自分でウェアリストだと言っていた。世界を代表するファッションモデルだったからそんなことを言っているのではない。幼い頃からウェアリストだった。ぼくが「何でも着られるの?」と訊いたら、「うん、何でもね。クジラだって熱帯雨林だって国会だって着られるよ」と言った。じゃあ高野山を着てきてよと言って根津美術館でデートしたものだ。

 小夜子を最初に“見た”のは横須賀功光が撮った資生堂ベネフィークの強烈なモノクローム写真だった。群を抜いていた。ナマを“見た”のは寺山修司の『中国の不思議な役人』、ついでは重延浩が演出した西武劇場の舞台『小夜子』だった。その直後に、ぼくが司会をした前田美波里(びばり)との対談があって、それからはちょくちょく会った。会うたびに次の投企に立ち向かっていることがわかった。山海塾の天児牛大、KARASの勅使川原三郎と出会ったことが大きかったように憶(おも)う。小夜子は身体作法を心身ともに錬磨したかったのだ。

 一方、カメラの前の小夜子は魔法の杖でいくらでも変貌できるセラフィータだった。横須賀功光を筆頭にセルジュ・ルタンスや高木由利子にいたるまで、小夜子はかれらのニューバロックな映像意図を呑んで、無限にウェアラブルになっていった。稀代の「変成女子」(へんじょうじょし)だったのだ。

 黒髪のオカッパを通した小夜子は、意地っぱりで繊細このうえなく、ふだんは引っ込み思案だったのに、いざというときはどんなことにも冒険的になれた。だからこそ茶室もパンクも、太極拳もお稚児さんもDJも、割烹着もブルマーもホモセクシャルも軍服も、隔たりなく好きだったのだろう。でも、無遠慮な男や女が大嫌いで、粗雑な仕草がひしめくところや笑いでごまかす連中からは、すうっと逃げ出していた。

 それにしても、あまりにも稀有だった。あまりにも美しく、あまりにも絶唱めいていて、あまりにも天上的だった。そういう小夜子がもういないとは思いたくなかったのだが、最近は「小夜子のいない日本」なんて、なんとかなるのだろうかと、そちらのことが気になっている。

 【KEY BOOK】「小夜子の魅力学」(山口小夜子チョ/文化出版局、1296円、在庫なし)

 この本は何度か読むにつれ、サイコーの美意識をめぐる哲学書だと思うようになった。横浜での生い立ち、お母さんが作った服のこと、水のこと、指のこと、朝ごはんや化粧のこと、東洋人であること、「間」のこと、みんな書いてある。1やまもと寛斎とザンドラ・ローズ、『上海エクスプレス』のアンナ・メイ・ウォン、おしゃれの本質、いずれもとうてい読みとばせない。

 【KEY BOOK】「山口小夜子 未来を着る人」(東京都現代美術館編/河出書房新社、2916円)

 展覧会の図録でもあるが、小夜子の骨と肌を知るうえにも、50歳を過ぎてなお小夜子がどんな若手のアーティストたちを好んでいたかを知るうえでも欠かせない本になっている。圧巻はやはり横須賀功光の写真群だ。ぼくは何度も撮影現場に居合わせたが、いつも横須賀さんにも小夜子にも、またメークの富川栄さんの集中力にも驚かされてきた。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。2003~12年、極上なゲストと破格な仕掛けで連打したトークイベント「連塾」は、トップアスリートから人気小説家まで、棟梁から企業経営者までのべ3500人が学んだ。山口小夜子もゲストとして登場した。webサイト「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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