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疾駆するモーターボートに「読み」を託して 水しぶきに沸く江戸川競艇場で遊ぶ 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
ぼくがエディターのプロになるために、若い頃から配慮してきたことがある。それはありとあらゆる「情報表示」の仕方にできるかぎり目を配ることだった。5W1Hを書くニュース記事をこなせるだけではモノ足りない。たとえば次のような分野や領域の独得の「編集力」に注目しておくのだ。
医者の処方箋の書き方、映画や演劇のプロット表示、プログラミングの記述法、昆虫採集用語、株の相場用語の使い方、メカトロ機能の説明法、薬剤の効能表示、戦争戦闘についての軍事的記録法、麻雀用語、野球やバレーボールなどのスコアブックの付け方、数理論理学の記号表現、食品表示、競馬新聞や競輪新聞の省略記述の仕方、短歌や俳句や邦楽の常套表現、レシピの表現、バレエやダンスの記譜法…。
とくに競馬新聞が馬体・馬主・騎手・馬場状態・過去記録などを、みごとな省略語でまとめている「編集力」には、つくづく敬服してきた。「予想」というものがどれほど情報を集約しなければ成立しえないのか、それでもなお「欲望」はその情報集約の果てに散っていくものなのか。たった十数センチ角の新聞の短評がもたらすドラマには、汲めども尽きない「編集力」が秘められている。では競艇はどうなのか、一度は見てみたかった(競輪は見てきた)。
過日、日本財団と関東興業の好意で「江戸川の競艇」に半日を遊んだ。テレビマンユニオンのPとDたち、編工研と松岡事務所のスタッフ、EXの編集長、某タレント、ライター諸君などが集まり、わいわいキャーキャーした。競艇新聞にはやっぱり「にげ」「サシ」「ヌキ」「まくり」「ツケマイ」「まくりサシ」「めぐまれ」などの独特語が乱舞している。これ、これ、この感じがいいのだ。過去データも短縮表現されて見やすく配分されていた。係員の解説に頷き、レースごとに盛り上がる場内実況放送の声を聞きながら、よし、よし、この「煽り感」には競馬・競輪にはない「水しぶき」がよくよく似合うぞと思えた。
ボートレースは1周600メートルの水面を、白・黒・赤・青・黄・緑の6艇が3周する。4ターン×3だ。ただし江戸川は全国で唯一の海とつながっている競艇場なので、潮位の影響があって最も難しいらしい。それを読みこんで0秒から1秒の範囲で一斉にスタートラインを「唸り」を上げて突破していく瞬間と、異常なほどに急旋回をするターン争いとは、初めて見る者をも十分に興奮させる。
いま日本には公営競技が4種認められている。競馬(中央10・地方15)・競輪(43)・競艇(24)・オートレース(6)だ。意外なことに競馬以外のすべてが日本で発祥した。敗戦で失った夢がギャンブルに向かったためだと言われている。地方財政もどん底だった。それらを見越して、長崎県の大村で先行していたボートレースを公営の競艇としたのは、かの笹川良一だった。昭和26年にモーターボート競争法が国会で可決された。以来このかた、水面を疾駆するモーターボートに一喜一憂の「読み」を賭ける善男善女の日々が続くことになった。できれば、体重制限と闘っている小柄で勇敢な選手たちと話してみたかった。そして、ちょっと乗ってみたかった。(編集工学研究所所長、イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)