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日本の「色」をとことん再現した匠 吉岡幸雄の途方もない高速挑戦 松岡正剛

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日本の「色」をとことん再現した匠 吉岡幸雄の途方もない高速挑戦 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 吉岡さんとは早稲田文学部の2年違いになる。片や文芸学科、当方は仏文科。ただしオヤジが違う。吉岡常雄は大阪芸大教授ともなった世界の染色研究者で、わが松岡太十郎は無名の悉皆屋(しっかいや・呉服商)だ。もっとも伯父さんが両方とも日本画家だった。

 早稲田を出てからの吉岡さんは、紫紅社という美術工芸図書の版元をおこして、すごい仕事をしていた。日本の意匠や染織や髪形を次々に網羅する全集を企画編集していったのだ。ぼくも雑誌・単行本とともに美術全集や美術番組をつくってきたが、吉岡さんの独特の展開には及ばない。ところが昭和63(1988)年、42歳になった吉岡さんは「染司よしおか」の5代当主になると、染師福田伝士と二人三脚で一挙に日本の伝統色の再現にとりくんだのだ。それからの活躍は目を見張る。薬師寺や東大寺の伎楽装束計80領をすべて植物染料で再現したものを見たときは、涙が溢れてきた。

 吉岡家は200年ほど前から染屋だった。四条西洞院を上がったところに発祥したそうだ。維新後に綾小路西洞院へ、昭和30(1955)年すぎて伏見に染場を移した。ぼくが生まれたのは綾小路室町である。なんだかけっこう近いところで宵山や大文字を楽しんできたのだということが、二人で四方山あとで話をしているうちに判明した。ただぼくは早稲田のあとも東京に残ったけれど、吉岡さんのその後は京都を大きな拠点にし、その見聞を深くも広くもしていった。色や装束だけでなく、数寄屋にも食にも通暁していることは、『京都の意匠』I・II(建築資料研究社)や『京都人の舌つづみ』(PHP新書)を読んでも伝わってくる。とくに食道楽については群を抜いていて、とても追いつけない。

 でも、吉岡さんはやっぱり色である。「染司よしおか」の秘技によって巷間に知られるようになった日本の数々の色たちは譬えようもなくすばらしく、これこそは日本の文化力の結晶の見本というべきなのだ。まずは『日本の色辞典』の209色の単色を堪能してほしい。しかし、ぼくをさらに驚かせたのは、『王朝のかさね色辞典』にも収録された「襲」(かさね)の絶妙だった。240種の配色が黒谷和紙と生絹(すずし)にみごとに再現されている。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 【KEY BOOK】「日本の色辞典」(吉岡幸雄著/紫紅社、3564円)

 この本をもっていない日本人はモグリだ。ほぼ完璧な日本の伝統色が一冊の色標本になっている。何度見ても見飽きない。念のために尋ねよう。次の赤系色名からどんな色合いが浮かぶ? 代赭・弁柄・茜・紅(べに)・深紅・樺色・紅葉色・唐紅(からくれない)・東雲・掻練(かいねり)・紅絹色(もみいろ)・今様色・桜鼠・撫子(なでしこ)・桃染・紅鬱金(べにうこん)。如何?

 【KEY BOOK】「王朝のかさね色辞典」(吉岡幸雄著/紫紅社、3780円)

 この本にも驚いた。すでに、実際の「襲」(かさね)の色目の実物を見たときに溜息が出るほどだったのだが、一冊になったものを見てまた揺さぶられた。もともとは文化9年の『薄様色目』がヒントになっている。240種の「かさね」の色刷木版を示した古書だ。「よしおか」はこれを踏台に源氏やさまざまな有職故実書に当たって、疑問を解消し、工夫を重ねたのである。快挙だった。

 【KEY BOOK】「日本の色を染める」(吉岡幸雄著/岩波新書、842円)

 吉岡さんはたんに古代色や王朝色を再現してきただけではない。そのための植物を選別し、技法を開発し、その意味を問い、文献に当たり、そのすべての解説を引き受けた。源氏五十四帖のすべてに挑んだのがその結実だ。なぜそこまで徹底できるのか。本書は吉岡さんの意志と意図と意表を説明し、それらが「日本の意匠」の根幹をつくってきたことを証している。観読すべき一冊。

 【KEY BOOK】「日本の色の十二カ月」(吉岡幸雄著/紫紅社、2484円)

 水上勉の序文は、吉岡さんが「昔のことは敬虔に守って今を働くという立場」を貫いていることを、大いに称賛していた。本書では冬は紅花を、春から夏にかけては藍を、秋は苅安や茜を染め上げていく「よしおか」の四季折々の挑戦が、風物と歴史をまじえて語られる。それでもその仕事は完成は見ない。たとえば飛鳥天平の「赤」はいまだ永遠の謎なのだ。

 【KEY BOOK】「ジャワ更紗文様図鑑」「図譜 和更紗の文様」(吉岡幸雄編/紫紅社、1080円、1296円)

 日本の染色の歴史は広大なアジアを後背地としている。古代はシルクロードからとびきりの色物が伝来した。それが近世になると東南アジアからの舶来が急増する。なかでもジャワ更紗が凄い。しかし、これらはたちまち日本化していった。ここから「縞もの」も派生した。この2冊からは更紗をめぐる「アジアの日本化」の秘密が見えてくる。

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。2015年、ホテルオークラ主催『第3回 名家の逸品 真朱(まそほ)の夜明け』で吉岡幸雄氏と対談。15年、千夜千冊第1569夜『源氏物語』で吉岡氏の仕事にふれながら独特な色彩感覚をもつ紫式部を語る。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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