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紫陽花や きのふの誠 けふの嘘 芭蕉・子規・荷風・三好達治のアジサイたち 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
荷風の『あじさい』を久保田万太郎が脚色した新派を観たのは、もう半世紀年以上も前のことなのに、義太夫の三味線弾きと芳町芸者の思いがけない悲劇的顛末の片隅に、ぽつんとあしらわれていた舞台の隅の紫陽花は、いまも目に残っている。荷風の原作は日本の短篇を代表する一作で、表題に『あじさい』を選んだ理由が当時から話題になった。
紫陽花は鎌倉の明月院や松戸の本土寺、三千院や三室戸寺などの連綿とした「あじさい寺」の景観もいいのだけれど、路地や小座敷で出会う紫陽花は、また格別にいいものだ。その即妙の風情を、芭蕉は「紫陽花や薮を小庭の別座敷」と詠んだものだった。旅に出る前の芭蕉が弟子の子珊(しさん)の別座舗(べつざしき)を訪れたときの句だ。いかにも芭蕉の「しをり」や「ほそみ」が逸情した。
紫陽花を詠んだ歌や句は少なくない。家持が「言問はぬ木すらあじさゐ諸弟(もろと)らが練りのむらとにあざむかえけり」と紫陽花の欺く色を詠み、定家が「あじさゐの下葉にすだく蛍をば四ひらの数の添ふかとぞ見る」と花弁の開きぐあいを詠んだ。けれども紫陽花を詠んでうまかったのは、なぜか圧倒的に俳句のほうなのだ。勝手気儘な色の移り変わりが俳句にもってこいなのだろう。とくに子規の「紫陽花やきのふの誠けふの嘘」が一本勝負だった。
子規は紫陽花の「移り気」がよほど気になったらしく、「紫陽花やけふはをかしな色に咲く」「紫陽花の何に変わるぞ色の順」という、似たような句も詠んでいる。でも、ぼくが好きなのは「紫陽花や壁のくづれをしぶく雨」「紫陽花にあやしき蝶のはなだ哉」「紫陽花に浅黄の闇は見えにけり」のほうだ。紫陽花についつい見とれているとそこにやってきた蝶々の翅(はね)がなんともいえない縹色(はなだいろ)だったという一句、まさに病身の子規らしい写生で好ましい。
いま思い出したが、三好達治の最も有名な『乳母車』は紫陽花に託されていた。「母よ―― 淡くかなしきもののふるなり 紫陽花いろのもののふるなり はてしなき並樹のかげを そうそうと風のふくなり」というものだ。あらためて紫陽花は日本の母だったのかと思わせる。
紫陽花の色の変化はアントシアニンによる。これに土壌のアルミニウムイオンや補助色素が加わって無限に色合いを変える。もともとの紫陽花が赤系か青系かは土壌で決まる。土壌が酸性であれば青っぽく、アルカリ性だと赤っぽく、中性であれば清廉な白になる。土が花の色なのである。紫陽花は、まさしく 母なる不思議な花だったのである。
キク類ミズキ目アジサイ科アジサイ属アジサイ節。これが基本となるアジサイだ。われわれが野山や道でよく見かける自生のアジサイは日本原産で、これをヨーロッパで品種改良したのがセイヨウアジサイである。すでに万葉時代に「安治左為」などと表記されて、藍を集めるという意味で「集真藍」をアジサイと呼称した。「紫陽花」と綴るのは白楽天がライラックをそう呼んだものをあてはめたためらしい。本書はわかりやすいアジサイ入門だ。
アジサイの品種600種を網羅した図鑑。1000点のカラー写真がぎっしり詰まっている。系統別に収録されているので、アジサイの微妙な違いが次々に目にとびこんでくる。著者はそれぞれ確実園園芸場、緑創、アスコットの各社の代表や役員で、かなり詳しい。コリン・マレーの図鑑をはるかに凌駕した。アジサイの基本種は、トカラ、エゾ、ガク、コガク、ツル、カシワバ、ヤマ、ヤスバ、ノリ、ガクウツギ、アメリカなどに分かれる。庭に植えるならヤマやエゾだ。
青森の十和田から沖縄の南西諸島まで全国各所の自生地や植栽地に咲くアジサイを250点あまりのカラー写真で案内している。著者は鎌倉アジサイ同好会の顧問で、ヤマアジサイの魅力にはまって研究を始め、約400種を育てた。ぼくも一度行ったことがあるが、大船植物園でときどき展示会を開いている。ヤマアジサイの魅力はホンアジサイにない清々しい野性味にある。そこから力を引き算していくとガクアジサイになる。
そもそも花の色はフラボノイド、カロチノイド、ベタレイン、クロロフィルの4大色素でできている。ここにアントシアニンが加わり、フラボノイドとくっつくと薔薇色が、それにマグネシウムが加わるとツユクサ色やヤグルマソウ色になる。アジサイはこれにアルミニウムが加わってあの独特の青みをつくった。そのアルミニウムは酸性の土壌から吸い上げられる。アルカリ性の強い土壌ではアジサイは赤を帯びていく。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)