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内田正泰記念アートギャラリー はり絵の世界で心通う暮らし
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「なんでもやれる。気持ちがまだまだあるよ」。そう言っていたずらっ子のような笑顔を見せると、緑の色紙をアッという間に力強く引きちぎった。
93歳となった現在も精力的に作品を生み出すはり絵画家、内田正泰(まさやす)さん。このほど内田さんの作品を集めた常設展示施設「内田正泰記念アートギャラリー」が、神奈川県鎌倉市にオープンした。江ノ島電鉄長谷駅から歩いて1分の閑静な住宅街にある。
横浜市旭区の自宅兼アトリエには、これまで制作した約700点のはり絵作品を所蔵するが、以前から常設展示するギャラリーを開設したいと考えていたという。
箱根や鎌倉など神奈川県内でふさわしい場所を探していたところ、知り合いの建築家から鎌倉市長谷に、シェアハウスを併設する形でギャラリーを建てないかと持ちかけられた。「海に近くて、緑が豊かで、山と川が近くにある」(内田さん)。こうした条件が決め手となって現在地に開設することになった。2棟からなる施設全体は「鎌倉こころのギャラリー館」と名付けられ、暮らしと文化・芸術を融合した「心の通う暮らしづくり」を目指す。
ギャラリーの前の通りからは踏切を行く江ノ電を眺めることもでき、まさに内田さんの描くはり絵の世界が広がる。
ギャラリーは木造3階建てのしゃれた白亜の建物の1階部分で、2階は住居となる。館長で内田さんのマネジメントを手がける長男、光さん(58)の妻、美枝子さん(56)とともに横浜から移り住み、生活の拠点を置く。しかし、制作するには手狭なため、大きな作品の制作は光さんのいる横浜の家で行うという。
ギャラリーでは、夏空に浮かぶ入道雲と赤い灯台のコントラストが美しい「昼下がりの漁村」や、わらぶき屋根の家の縁側でひと休みする様子を描いた「蝉しぐれの午後」など夏らしい作品約20点を展示。展示は四季の移ろいに合わせて入れ替える予定という。さらに画集やポストカードなども販売する。
≪鎌倉の空気感じて作っていきたい≫
鎌倉は、ノーベル文学賞作家、川端康成ゆかりの町。とくに「内田正泰記念アートギャラリー」のある長谷は、川端が47歳から終生住むこととなった場所だ。今も遺族が住んでいる旧川端康成邸や鎌倉文学館などがあり、しのぶことができる。「町のにおいが違うんですよ。すてきです」と、内田さん。鎌倉は歴史と文化の薫り高い町という。
ほぼ毎日午前5時半に起床、そのまま海まで散歩したり、近くの寺に行ったりするという。生活信条は、「歩く、考える、食べ過ぎない」こと。
「生きて、指が動いて、気持ちがある限り、誰もしないことをやりたい」と、今も創作意欲は衰えることがない。葛飾北斎や歌川広重などの浮世絵画家を引き合いに出し、「追いつきたい」と話す。その一方で、「観光にこびるような作品は作りたくない。自然と一緒に住んでいるという空気を感じて作っていきたい」とも。
その背景には自身の戦争体験がある。海軍航空隊に召集されたが体をこわして戦地へ赴かずに終戦を迎えた。隊の仲間同士がサーベルを手に争っているのを目の当たりにして、自らの日記に「内部で争いをしているようなものが外敵に勝てるわけがない」と書き込んだ。それを上官に見つかり、こっぴどく殴られた。「死ぬかもしれない」。薄れゆく意識の中で「命が残っているならこの世に残るものを作りたい」と切に思った。
戦後はデザインの仕事などを手がけながら、40歳を目前にしてはり絵に本格的に取り組むようになった。まったくの自己流から始め、思い通りの形にちぎることができるまでに約10年かかったという。一般的なちぎり絵は和紙を使うことが多いが、内田さんはあえて洋紙を使う。和紙と違ってシャープな仕上がりになるからだ。
「なんでもやれる。誰もやらないことをやりたい。どんなものでも時をかければ必ずできると思います」。鎌倉をモチーフにした作品の第1弾は稲村ケ崎のウインドサーフィンになりそうだ。(田中幸美(さちみ)、写真も/SANKEI EXPRESS)
■「内田正泰記念アートギャラリー」 神奈川県鎌倉市長谷2の12の17。午前10時~午後5時、月曜と第3火曜休館。問い合わせは(電)0467・23・5105。