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上善は水のごとし。この老子の真骨頂 一冊の『老子』が手元になくて、何が人生であるものか 松岡正剛

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上善は水のごとし。この老子の真骨頂 一冊の『老子』が手元になくて、何が人生であるものか 松岡正剛

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 このような「弱さ」と「柔らかさ」の象徴は、老子にとっては水である。「水は善(よ)く万物を利してしかも争わず、衆人の悪(にく)む所に拠る。故に道に近し」と説明する。水こそが「タオ」(道)の象徴だというのだ。まとめて「上善は水の若(ごと)し」というふうになる。水は最も弱く、また柔らかであって、万事に及びうるものなのである。

 老子は「タオ」を志向して「タオ」に遊んだ。荘子と並べて老荘思想ともタオイズムとも、また「無為自然」の思想ともいう。しかし、これはたんに「無」に近づこうということでも、「道」(タオ)から出ないようにしようということでもない。老子にも政道があり、行動論があり、価値論があった。それを代表して「少国寡民」という。

 少国寡民の教えは次の一節に明快だ。「無為を為し、無事を事とし、無味を味わう。小を大とし、少を多年、怨みに報ゆるに徳を以てす。難をその易に図り、大をその細に為す。天下の難事は必ず易より作り、天下の大事は必ず細より作る」。国を小さくし民も少なめにして、大事なことを細事に見いだしなさいというのである。

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