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〈いのち〉には動的重層性がある! 生命と意識と地球をつなげる仮説に挑んできた清水博83歳 松岡正剛
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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)
清水さんとは40年近く、ずいぶんいろいろな話を交わしてきた。東大薬学部で教鞭をとっていた頃に私淑させてもらったのが最初だ。ぼくがプリゴジンの非平衡熱力学、ハーケンのシナジェティックス、アイゲンのハイパーサイクル理論、自己組織化のしくみ、複雑系をめぐるさまざまな仮説、バイオホロニクスなどに親しめたのは、どんな科学理論であってもずばりと本質に切り込んで、それを適確な言葉で解説されるセンセーの独得の示唆力のおかげだった。
当時すでに、清水さんは独自の理論を組み立てつつあった。それはまとめていえば「生命と場所と意識をめぐる関係の科学思想」というべきもので、その出発点は「なぜ生命には自己創出があるのか」「なぜ生命システムには部分間の動的関係が成り立っているのか」「なぜ生命は人間に意識をもたらしたのか」「なぜ生命と人間は場所に育まれてきたのか」などという問いから始まっていた。
清水さんはこれらの問いにみずから答えるべく、実に多くの仮説的思索を重ねてきた。科学者だけではなく宗教者や武道家や日本文化研究者との対話も深めた。それゆえ、その理論仮説は83歳を迎えるいまなお、弛(たゆ)まぬ改良と改変が加えられている。そのひたむきな姿勢と集中力はたいへん瑞々しい。
最近の清水理論は〈いのち〉がキーワードになっている。モノとしての生物的生命だけではなく、地球や人間が「生きている」というコトをあらわすために選ばれた表現だ。この〈いのち〉という現象は、自分で創り出したものと場所が引き受けたものとの二重の関係の上に成り立っていて、そこにはたえず複合的な鍵と鍵穴の共生的循環がおこっている。
とくに清水さんが重視しているのは、モノとコトが時を得て互いに響きあう「相互誘導合致」や、先に与えた試みがあとから贈られてくる成果と混じっていく「与贈関係」という現象だ。ちょっと難しそうな熟語だが、いったんこの見方が掴めるとさまざまな難問に灯火がともる。それは、この見方には「コペルニクスの鏡」がはたらいていてくれるからだと、清水さんは言う。
いま、グローバル社会は利益追求に走り、日本では少子化と高齢化がおこっている。清水さんは、そこに互いが互いを誘導しあい、まずは与え、それから贈られるものにめぐりあえる社会をつくりたいのである。
衝撃的な一冊だった。いまでこそ生命が動的なゆらぎをもったシステムで、情報の自己組織化や交換プロセスによって意味を創出していることはジョーシキになりつつあるが、本書が登場したころは誰もそんなことを言葉にできていなかった。この一冊が鮮やかに生命の共創力を明かしたのだ。その影響は哲学の中村雄二郎、科学の村上陽一郎、カオス理論の津田一郎、ホンダの久米是志社長、経営学の野中郁次郎、仏教学の竹村牧男などに燎原の火のごとく及んでいった。
清水さんはいまでも「場の研究所」の主宰者だ。清水理論にとって「場」や「場所」はすべての仮説の母なのだ。だから清水理論には実にわかりやすく、西田幾多郎や鈴木大拙の「場の哲学」や華厳や唯識や浄土教の「場の宗教」が解読されている。しかし清水理論の独壇場は、物理的な場所と生物学的な生命と数理的な情報を、ダイナミックに結び付けていったことにある。清水さんは徹頭徹尾の科学者で、生命関係学の提唱者なのである。
十数年前から清水さんは、生命と地球と意識と社会という「異質な相」を、われわれがまたいで生きてきた秘密を解くためには、「相互誘導合致」や「与贈関係」という見方が必要だということに気がついていた。本書は、このきわめて深い見方を、〈いのち〉の普遍性がなぜ成立するのかという視点から解き明かした画期的な本だ。本当の「科学の知恵」とは何かが伝わってくる。唯識論の竹村牧男、親鸞研究の本多弘之、日本文化論の竹内整一との応答対話も必見。
これは両親を失くし、おじいさんと暮らしている少女が、森で出会ったカラスたちから〈いのち〉の不思議を教わるという物語。清水さんが祈るような気持ちで書いた。ここには半世紀以上をかけて問い続けてきた「生きている状態」とは何かという根本の謎がたいへん感動的に綴られている。「コペルニクスの鏡」とはわれわれの〈いのち〉が継続するたびにその秘密を映し出してくれる鏡のことだが、ぼくはこれは清水博さん自身のことだと思っている。