SankeiBiz for mobile

いまも地球を、文字の生態系が覆っています リテラシーとオラリティーの起源と変遷 松岡正剛

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

いまも地球を、文字の生態系が覆っています リテラシーとオラリティーの起源と変遷 松岡正剛

更新

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 ぼくの編集的世界観は30代に、ごくごく小さな二つの因子の動きを丹念に追ってみたことに始まった。ひとつは「素粒子と分子の動向」で、ここからは光と物質の関係やRNAや葉緑素から生まれていった生命観や、自然を構成するコスモロジーの大要が理解できた。もうひとつが世界中にちらばる「文字の変化」を追うことだった。こちらは歴史観や民族観や言語観が瑞々しくカラダの中に入ってきて、ぼくの編集的表現感覚の基礎を養ってくれた。

 文字は記号であって図標であって、意味である。それとともに記録であって契約であって、つまり歴史そのものなのである。文字がなければ物語が保存できなかった。しかし文字はまた絶叫であってラブレターであり、希望とも悲嘆とも怒号とも告白ともなった。われわれの文明と文化は文字によって情報を読めるようにした。

 ところが、その文字が部族や民族によって、時代や風土のちがいによって、支配者の権威やネットワーカーによって、多様に、かつ絶妙に変化してきた。メソポタミアの楔形文字やエジプトの象形文字はヘブライ文字やギリシア文字に変化し、ローマン体やゴシック体やイタリック体を生み、亀甲の占いから生じた甲骨文字は広範な漢字となって篆書や隷書や明朝体になった。地球上の各領域をまたいで大きな「文字の生態系」と「語族」が生まれ、植物や動物が多彩な「かたち」を見せたように、また世界の民族に独自の衣裳があるように、文字はめくるめく「モードの体系」となっていったのだ。

 文字はあきらかに生きている。生きものなのである。この生きものは、リテラシーとオラリティーを伴っていた。「意味が読める」ということと「発音ができる」ということだ。フェニキア文字に母音をあらわす文字を加えたのはギリシア文字だし、漢字から仮名をつくり、難漢字にルビを付けたのは日本語文字文化の独創だった。現代中国はついに簡体字を採用した。

 しかし文字には「書ける」ということも必要だった。つまり文字は「体の動き」にもとづくパフォーマティブな記憶も伴っていたのである。イスラム諸国がアラビア文字が右から左にローリングする文字を書き、中国・朝鮮・日本が気息と気配を重んじた書道を文化としているのは、文字文化の最後の真骨頂なのだ。決して廃れさせてはいけない。

 【KEY BOOK】「文字の歴史」(スティーヴン・ロジャー・フィッシャー著、鈴木晶訳/研究社、4104円)

 文字の種類と歴史を追った本はいろいろあるが、文字の変化を思想化しているものは多くない。本書はその試みを最も広範に、文字の誕生と変遷の“現場”に降りながらまとめた。言語学の知見も採り入れている。文字はタイムマシンなのである。記号・かたち・声・ことば・意味・時代・民族・風俗・権力者・交易・神話を抱え込んでいる。ときどきは電子フォントから離れてみたほうがいい。

 【KEY BOOK】「声の文化と文字の文化」(ウォルター・オング著、桜井直文ほか訳/藤原書店、4428円)

 われわれの文明文化は「話し言葉」と「書き言葉」を使い分けてきた。いいかえれば「声」と「文字」とを両刀使いした。フランスではこれをパロルとラングという。なぜこんなふうになったのか。オングがこの最も重大な謎に挑戦した。マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』、アンドレ・ルロワ・グーランの『身ぶりと言葉』とともに、言葉と文字を学びたい者が読むべき絶対必須の3冊のうちの1冊だ。

 【KEY BOOK】「文字の美・文字の力」(杉浦康平著/誠文堂新光社、3024円)

 杉浦さんは早くから、文字文化が生活様式・デザイン表現・意匠の工夫・祭祀と伝承などにもたらしてきた密接な相互関係を凝視し、調査し、研究してきた。ダントツだった。その一端は「写研」の文字カレンダーや「銀花」などで発表されてきた。本書はそれらのなかで東アジアの文字意匠を選りすぐって構成したもの。ちなみに杉浦さんはつねづね「文字には神仏がいて精霊が出入りし、血液も樹液も流れているんだよ」と言っていた。

 【KEY BOOK】「文字の歴史」(ジョルジュ・ジャン著、矢島文夫監修/創元社、1728円)

 コンパクトに世界の文字の変遷がわかる。とくに文字がどのような素材によって生まれてきたか、筆記用具がどのように変化したか、グーテンベルクの活版印刷が文明と文化に何をもたらしたのか、文字の特徴は民族や風土の何をあらわしているのかを、俯瞰する。他方、文字はアートでもあったということも強調する。われわれ一人ひとりには「筆跡」というものがあり、そこから無類のアートが生まれうる。とくにアンリ・ミショーに注目してほしい。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。子供の頃から反転文字を書くことが得意。上下をそのままに左右を逆転させて書いていると頭のなかに文字の鍵と鍵穴ができる。最近は絵とも字ともいえない「遊書」をたしなんでいる。個展もしばしば開いている。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

ランキング