上善は水のごとし。この老子の真骨頂 一冊の『老子』が手元になくて、何が人生であるものか 松岡正剛
更新いま、中国も日本もついつい「大国」をめざすようになっていて、かつ「強国」であろうとする。しかし、どんな強大なものも、必ず痛い挫折を味わった。老子はそこを戒めている。ただ、これは言うは易く、行うは難(かた)い。せめて過剰になった気分のときに、老子をひたすら読むことに徹したい。
手元に一冊の『老子』を用意しておきたい。どうしても。岩波文庫でもこの中公クラシックスでもいいが、どうしてもそうしたい。一冊というなら『論語』より『老子』だ。なぜ老子なのか。すべてが少なめである。すべてがたゆたっている。東洋思想の原点としての真髄がある。屈託がない。衒(てら)っていない。ヒューモアに満ちている。タオイズムが流れこんでくる。世界にこんなユニークなものはない…まあ、いろいろだ。「上善、水のごとし」なのである。

